薄暗い宿屋の部屋。
少し、まどろんだたしぎは、目を覚ました。
今日は、朝の交代だ。
夜が明ける前に、船に戻らなければ。
眠たい頭で考え、
けだるい身体を動かす。
腕枕のうえで、そっと、顔を動かせば、
眠っているロロノアの横顔が目に入る。
無防備な寝顔に、微笑みながら、今一度
寄り添う。
ロロノアの息遣いとぬくもり。
もう少しだけ・・・
「ん。」
ゾロの声がもれる。
たしぎの動きに、無意識に反応して、
ゾロが右腕を肩に廻す。
絡みつくようなゾロの腕と胸に挟まれて、
たしぎは動けなくなる。
「ロロノア・・・もう、行かないと。」
反応はない。
「ちょっ・・・・」
ゾロの顔を覗くと、目を閉じて
やはり眠っているようだ。
たしぎは、もう一度肩にのっかった腕をそっとどかした。
ひじを立てて、腕枕をはずす。
ん。
と言いながら、また覆いかぶさる。
大きいゾロの手のひらが、背中に伸びる。
全体重が、掛からないように
腕に、微妙に力を込めているのが分かる。
ちょうど、たしぎのあごの下にゾロの頭がきた。
髪の毛がくすぐったい。
これは、もう、確信犯ですね。
「もう、ロロノアったら、ほんと行かないと・・・」
言い聞かせるように、たしぎが呟く。
イヤダ。
声が聞こえた気がした。
一瞬、固まったたしぎが、ゾロを見下ろす。
ロロノア・・・
どんな顔をしてるのか、たしぎからは見えない。
ふっと、たしぎの身体から力が抜ける。
手を、ゾロの頭にそっと置く。
指先で、髪の毛をくしゃくしゃにしながら、
愛おしげに、ゆっくりと頭をなでる。
何度も、何度も、繰り返しながら。
このまま離さないでいてくれる?
心の中で呟いてみる。
遠慮がちな笑みがもれる。
ゾロの深い呼吸を感じながら、たしぎは、少しだけ目を閉じた。
もう少しだけ・・・
******
はっと、気がつくと、
閉めたカーテンの隙間から差し込んでくる陽射しが眩しい。
え?
今、何時?
そして、この腕に抱いていたはずのロロノアの姿が消えている。
そんなぁ・・・
ショックを受けながら、起き上がる。
眼鏡を手に取ると大急ぎで、服を探した。
絶対にアウト。大遅刻だ・・・
バタバタと下着を身につけ、ズボンを飛び跳ねるように履く。
時雨を掴んで、宿を飛び出した。
次第に驚きが怒りへと変わっていく。
なんなんですかっ!
そのうち、声に出しながら、走っていた。
「まったく、ひどいじゃないですかっ!」
「しかも、先に居なくなってるし!」
「もう、ロロノアったら。」
*****
「申し訳ありませんっ!!!」
大声で謝りながら、船長室に飛び込んだ。
はぁ、はぁ・・・
息も乱れたまま、深く頭を下げる。
「馬鹿野郎!お前がそんなんじゃ、隊の士気にかかわる!
しっかりしろっ!」
スモーカーさんの激が飛ぶ。
船室の外にまで聞こえるような大声だ。
「いつまで経っても、そのドジトロは・・・」
顔を上げたたしぎと目が合う。
とたんに、言葉に詰まるスモーカー。
「・・・もういい、顔洗って、出なおして来い。」
「はい、失礼します。」
「よく、洗ってこいよ。」
?
去り際に、スモーカーに言われた事を
変に思いつつ、洗面所に行く。
冷たい水で、バシャバシャと顔を洗い、
すっきりして、鏡に映った自分を見返す。
何、これ?
眼鏡をかけて、ゆっくりと鏡に顔を近づける。
たしぎの首から、胸元にかけて
咲いた紅い情事のしるし。
目をとめずにいられない。
かぁ〜〜〜〜っと顔が火照るのを感じる。
ポタポタと滴が、シャツに落ちるのもそのままに、
何度、見返しても、消えることはない。
開いた口が塞がらないとはこういう事なんですね。
鏡の前で間抜けな顔をさらしている自分を見て思う。
ロ、ロロノア・・・
なんてことを、してくれたんですかっ!!!
******
「たしぎ少尉、どうされたんですか?」
「風邪でもひかれたんですか。無理なさらずに。」
「今朝も、具合が悪くて、遅くなったとか。」
首にスカーフを巻き付け、変に暑苦しい格好で
口ぐちに部下から心配されるたしぎの返事は、
ひどく、歯切れが悪く、一層、皆から心配される羽目になった。
「たしぎ少尉、どうしたんでしょうね、今日は。」
マシカクが心配そうにつぶやく。
「ほっとけ。どうせ、ヘソでも出したまま寝ちまったんだろ。
バカが・・・」
スモーカーは、渋い顔つきで、煙を吐き出していた。
*****
その日の任務を終え、部屋にもどったたしぎは
大きく息を吐いた。
まったく、今日は散々だった。
恨みがましく、鏡の前で、首のスカーフを外すと
じっと、まだ消えぬ跡を見つめる。
一体、どんな顔で、こんな痕をつけたのだろう。
いつものようにニヤリって笑ってるゾロの顔が浮かんだ。
指先で、その紅いしるしに触れると、
やわらかいゾロの髪の毛の感触がよみがえる。
疼くような、痛みにも似た感情を、言葉にしないまま、
たしぎは、指を離した。
〈完〉
5月23日って、キスの日なんだって。
なんか、キス話書きたくなって。
甘えんぼゾロかな〜