派手な柄の長襦袢を、裾を端折って角帯にからげる。
編み菅笠を被り、手拭いで顔を隠す。
手には徳利と盃を持ち、出会う人に黙って酒を勧める。
練り歩き、神社まで、誰にも正体を見破られないで
たどり着けば、願いは叶うと言われている。
それが、この島に伝わる”化けもの祭り”。
*****
スモーカー率いるG-5の隊がこの島に到着したのは、
ちょうど祭りの前日だった。
「どうだい?あんたらも出てらどうかね。」
島の人達に勧められて、たしぎ達G-5の海兵達は
この島の祭りに参加することになった。
「お前ら、羽目外しすぎるんじゃねぇぞ!
指名手配の奴らがいねえか、ちゃんと目光らせとけ!」
しぶしぶ承知したスモーカーにどやされながらも、
嬉々として祭りの装束に身を包んだ。
「うわぁ、これ女もんの着物かよ。」
「これじゃ、コワモテの俺らG-5も、
全くわかんねぇな。」
「気前いいなぁ、ただ酒が飲み放題だぜ。」
「振る舞い酒は、自分で飲んだらバチあたりますよ!」
浮かれる部下たちに釘をさしながらも、
たしぎは、ワクワクしていた。
祭囃子の太鼓や笛のお囃子に心が踊る。
お祭りなんて、小さい頃、父と母に手を引かれて
歩いた記憶があるだけ。
華やかで、妖しげで、まるで異世界に来たようだった。
そんな期待と不安で歩いた中、甘い飴の味だけが妙に記憶に残っている。
通りに出ると、行列を眺める人々の群れ。
この中に、私を知っている者などいるのだろうか。
誰にも正体を知られなければ、願いが叶うと。
それならそれで嬉しい。
たしぎは、徳利を手に祭りの行列に紛れ込んだ。
*****
「なんだ、この島、お祭りやってんぞ!」
ルフィがさっそく、賑やかさを嗅ぎつけた。
「わたあめあるかな?」
チョッパーが期待に胸を膨らませる。
「なんか、ただ酒が飲めるらしいぞ。」
ウソップの情報に甲板で寝ていたゾロが目を開ける。
「どんな珍しいモンが屋台に出てるか楽しみだ!ねっ?ナミさん!」
サンジがナミにニッコリと笑いかける。
「そうね。ねぇ、ルフィ、行ってみましょうよ。」
ナミも賑やかなのは大好きだ。
「食いもんの匂いがする。よし!みんな、行くぞ!」
ルフィの掛け声と共に、この島にやって来た麦わらの一味も
この祭りに繰り出すこととなった。
******
道端に座っていると、次々と菅笠で顔を隠した
祭り装束の人達が、盃を差し出して、
酒を勧める。
黙ってても、酒が飲めるなんざ、
言うことねぇな。
祭りの屋台を巡ってくると言う仲間と別れ、
ゾロは祭り行列の沿道に腰を降ろしていた。
「ま、座ってるだけなら迷子になんないでしょ。」
「下手にウロウロされるよりいいな。」
「帰りに拾ってくからよ。」
「うるせ〜、ほっとけ。」
散々言いながらもそれほど心配していない様子で、
仲間達はゾロを残して通りを先に進んでいった。
遠くからお囃子の音が聴こえてきた。
姿を変えた人々がゆっくりと練り歩いてくる。
目の前に差し出された盃をゾロは受け取った。
並々と注がれた酒を一気に飲み干すと
滴を切って、杯を返す。
どれも旨い酒だ。
ゾロは上機嫌だった。
大勢の化けもの達が通り過ぎていき、
賑やかだった沿道も、人がまばらになり始める。
どうやら、ボチボチ仕舞いのようだな。
まだ飲み足りねぇが、あとは船でゆっくりやろうか、と
腰を上げかけた時、目の前で立ち止まった化けもの姿の
細い指先が盃を差し出した。
お、まだ居たか、ありがてぇ。
ゾロは、素直にその杯を受け取り、
酒を注いでもらった。
どこか、ぎこちない徳利を持つ手を見つめながら
すぐに飲み干した。
「まだ、残ってるなら、貰うぜ。」
盃を返さずに、お代わりを要求する。
「・・・・」
化けもの姿の相手は何も言わずに、再び盃を酒で満たす。
「うん、うめぇ。もう一杯。」
呆れてる様子だが、関係ねぇ。
「・・・・」
袖から覗く細い手首を、綺麗だと思う。
「で?そんな格好で何やってんだ?」
ゾロの言葉に、化けもの姿の相手がビクッと後ずさる。
「ひっ、ひと違いですっ!!!」
驚いたように言い放つと、凄い勢いで振り返り、
小走りに遠ざかっていった。
「あん?なんだあいつ。」
いつもなら、とうとう見つけましたとか言って
捕まえようとするのに。
ゾロは、首をかしげながら、盃に残った酒を飲み干した。
ふと、船でロビンが話していた事を思い出した。
「化けもの姿で練り歩き、誰にも正体を見破られずに
参拝すると、願いが叶うと言われているそうよ。」
あ。
声を掛けたらまずかったのか・・・
頭をガリガリと掻くと、空の盃を手にゾロは立ち上がった。
何処に向かったんだ?
ゆっくりと人々が向かった先へと、歩きだした。
******
神社の本殿で参拝を終えたたしぎは、ほっと息をついた。
びっくりしたぁ。
あんな所に、ロロノアが居るなんて。
思わず捕らえようと前まで行ったけど、
声を出していけない、正体がバレてはいけないと
言われていたことを思い出した。
咄嗟に盃を差し出して取り繕ったつもりだったのに。
どうしてバレてしまったんだろう・・・
でも、名前を呼ばれた訳でもなかったし、
もしかしたら人違いしてたのかも。
考えながら、菅笠を取り、顔を隠していた手拭いを外した。
一度、隊舎に戻ろうかと考えていると、
本殿に向かって歩いてくるゾロの姿が目に入った。
別に隠れる必要はないのだけれど、
たしぎは、そっと笠をかぶった。
キョロキョロしていたゾロは、動きを止めると
真っ直ぐにたしぎの方へ向かって進んで来る。
どうして?
戸惑いながらも、たしぎは逃げるように足を早める。
それに気づいたゾロも、小走りになる。
なんで、私逃げてるんだろう、と思った途端に
ぐっと手首を掴まれた。
「おいっ、なんで逃げるんだよ。」
「べっ、別に逃げてる訳じゃ・・・」
「ったく、せっかく追いかけてきたのに。」
「なんで、あなたが追いかけるんですか?!」
「・・・いや、別に・・・」
「じゃぁ、手を離して下さい!」
「・・・・」
ゾロは、急に歯切れが悪くなる。
「さっきの、あれ・・・お前だって
言ったら悪かったんだろ。・・・わりぃなと思って・・・」
あ、そんなこと。
たしぎの腕の緊張が解ける。
「どうして・・・私だって・・・分かったんですか?」
顔も隠して、今日は時雨も持っていないのに。
たしぎの問いに、戸惑うゾロ。
そんなこと、オレだってわかんねぇ。
・・・あぁ、そうだ。
ゾロは掴んだままのたしぎの手首を見たまま、呟くように答える。
「ここ・・・見たことあるなって。お前の。」
ゾロの視線が手首から指先へと移動する。
たしぎの手をひっくり返したり、ねじってみたりしながら
しげしげと見つめる。
なんで、手だけで分かったんだ?
「はっ、離して下さい。」
うつむくたしぎの顔が見えない。
ゾロは反対の手で菅笠を取る。
真っ赤になって、下を向くたしぎがいる。
「悪かったな、正体バレちまったら、願いが叶わねえんだろ。」
今度は素直に言える。
「別に、たいした事願ってませんでしたから・・・」
目を会わせないように、たしぎが小さな声で呟く。
「お前の願いってのは、ほら・・・世界中の名刀を集めるって
言ってただろ。」
「覚えてたんですか?ロロノア。」
たしぎが驚いて目を丸くする。
そして、再び恥ずかしそうに顔を赤くする。
「・・・覚えていたなんて。」
あれは、ローグタウンの武器屋で
まだロロノアの正体を知らずにいた時に言ったこと。
それを、まだ・・・
「自分の夢は、自分で叶えます。
それに・・・ 願いはもう・・・叶いましたから。」
たしぎは、誰にも正体がバレずに参拝できれば願いが叶うと言われた時に、
悪党に渡ってしまった世界中の名刀をこの手で集める
といつも自分に言い聞かせるように心の中で思った。
ただ、その前に一瞬だけ、ゾロの顔が浮かんだことは
自分の中で打ち消していた。
神様は、お見通しなんだ。
祭り行列でゾロの姿を見つけた時に、そう感じた。
「なんだ?そりゃ。」
ゾロは、まじまじとたしぎの顔を見つめる。
「私の願い、知りたいですか?」
たしぎが神妙な顔つきで、ゾロをじっと見つめる。
あなたが、私だとわかってくれて、嬉しかったんですよ・・・
「あのですね・・・」
内緒話しをするように、口をゾロの耳元に近づける。
一瞬、ゾロの頬に何かが触れた。
「・・・秘密です。」
パッと、飛び退くように離れると、たしぎは裾を翻し
走り去った。
何が起こったんだ?
ゾロは、自分の頬に触れてみる。
たしぎの声が甘い響きを残していた。
今のは・・・
「おいっ!ちょっと待て!」
遠ざかるたしぎの後ろ姿を見失わないように
ゾロは走り出した。
祭りの屋台を巡ってきた人達が行き交う。
綿あめを手に両親と嬉しそうにあるく女の子とすれ違った。
たしぎはその姿を目で追う。
おぼろげな記憶が吹き抜ける。
ふと空を見上げれば、異国の地に一人、迷い込んだような錯覚を覚える。
普段着なれぬ着物のたしぎに、ゾロが追いつくのは
簡単だった。
「おいっ!お前の願いってなんだったんだよ!
気になるじゃねぇか!」
別にどうしても知りたい訳ではなかった。
追いかけた行き掛かりで、ゾロは問い詰める格好になってしまった。
「別にたいした事じゃありません。」
「なんだよ、お前が知りたいですかって言うから。
それに、もう叶ったとか、どういう事だよ。」
何も言わずに下をむくたしぎ。
急に黙りこんでしまったたしぎを、
どうしたのかとゾロは想いを巡らせる。
「ちょっと貸せ。」
ゾロはたしぎの被っている菅笠を取ると
自分の頭にのせた。
「行くぞ。」
急に黙ってしまったたしぎの手を取ると
歩きだした。
「ちょっ、どこ行くんですか?」
今度はゾロが何も言わず黙ったままだ。
人ごみの中、ゾロが一つの出店の前で立ち止まる。
「ほらよ。」
振り向いてゾロがたしぎに渡したのは綿あめだった。
「こ、これは?」
たしぎは、驚いて目を丸くする。
「お前、さっき見てただろ。綿あめ持った親子連れ。」
「あ。」
「ったく、チョッパーと同じだな。いつまでたっても
甘ぇもんが好きなんざ。」
「ちょっ、そんなつもりで見てた訳じゃ・・・ありません。」
戸惑いながらも、なんだか胸が熱くなる。
差し出された綿あめをたしぎは受け取った。
たしぎの菅笠を被ったゾロの顔はよく見えないが、
なんだかそっぽを向いている。
「ありがとう。」
たしぎは、ふわふわの白い綿あめを口に含んだ。
一瞬で溶けて消えてしまう感触に、楽しさを覚える。
ゆっくりと手を引かれ、人ごみを避け神社の境内を歩く。
木々に囲まれ、祭囃子が遠ざかる。
「ロロノアも食べます?」
すっかりご機嫌になりながら、たしぎはゾロに聞く。
「いいよ、そんな甘ぇもん。」
「美味しいですよ、ふふ。」
嬉しそうに綿あめを口に含むたしぎをゾロは眺めていた。
大きな杉の木に隣合せで寄りかかる。
「手がベタベタです。」
指先を舐める舌がチロリと顔を出す。
「そういやぁ、お前、さっきオレにキスしたろ。」
えっ!
という顔で、たしぎが顔を上げる。
「秘密だって言った時。」
ゾロは自分の頬を撫でて笑う。
「そんな、ちっ、違います!ぶつかっただけです!」
たしぎは、慌てふためいて否定する。
「そうか?」
菅笠の下で笑うゾロは、きっと悪そうな顔をしてると
たしぎは思った。
ゾロはたしぎの手首をつかむとゆっくりと
自分の口元に持ってくる。
もう片方の手で、菅笠を取るゾロの顔は、この上もなく
意地悪だとたしぎは思った。
「オレはちゃんと答えたぜ。どうしてお前だと分かったかって。」
ペロリ。
ゾロの舌がたしぎの指先を舐める。
「甘ぇ。」
ゾクッとしてたしぎは目を閉じる。
「そ、それは・・・」
指先からゾロの舌が離れない。
「言いたくないなら、まぁ、いいが、ゆっくり教えてもらおうか。」
ま、魔獣・・・
たしぎの頭にゾロの昔の通り名がよぎった。
「やっ、ちょっと、何処行くんですか!?」
しっかりと手をつかまれたたしぎは、ゾロについていくしかできなかった。
〈完〉