青嵐


暇がねぇ。

ここしばらく、ゾロは不機嫌だった。

たしぎのアパートを訪ねて以来、
二人で一日過ごすような日がなかったのだ。

電話で話しもしてたし、大学講内で会えば
一緒にご飯を食べたりもしていた。

しかし、たしぎの頭の中は、いつも
大学院での研究内容で一杯だった。
新しい環境に慣れようとしているのが、
よく分かったから、何も言わなかった。

ゾロのほうも、陸上の記録会や大会が続いて、
どうしても練習に時間を割かれる。
もちろん、好きでやってるから当たり前なのだが、
どうもスッキリしない。

新学期になって、履修科目もようやく決まり、
ゾロの方も、研究室だのゼミだの、決めなければならない事が
ややこしい程に、たくさんあった。


気がつけば、5月のゴールデンウィークも 終わっていた。

こんなんじゃ、腐っちまう。

ゾロは、リュックを掴むと朝まだ暗いうちに、家を出た。


たしぎは、今日は、教授のお供で、学会に行くと言っていた。
場所は、知らねぇ。

とにかく、ここにとどまっていたくなくて、
バイクにまたがった。





ゾロが向かった先は、静岡、伊豆半島。
渋滞をかわして、午前10時には、海岸線を走っていた。
半島の先端で、海を見下ろすと
すこんと抜けるような青い空と、明るい海の色に
日々の煩雑さも気にならなくなる。

大きな海原を前に、自分のちっぽけさを感じる。
たいした事ねぇ。
進んでいくだけだ・・・


遠出して、一人、海や山にたたずむと、いつも感じる。

オレにとって必要な時間。
足元を見つめ、そして、ゆっくりと空を仰ぐ。

どっかりと腰を下ろし、陽射しを感じながら
仰向けに寝転がる。

そう言えば、たしぎに、せっかく海に来たのに
寝ちゃうんですか? って言われたっけ。

寝ちゃ悪いかよ。
オレはこれが好きなんだよ。

笑みがもれる。

あいつは、小鳥のようにさえずりながら、
また波打ち際を、ちょこちょこ歩きまわるんだろうか。

今度、連れて来てやりてぇな。



気がつけば、たしぎの事ばかり想っていた。


最近の忙しさに、文句ばっか言ってた気がする。
なんか、オレ、幸せだな。

笑いがこみ上げる。

そんな事を感じる自分を思わず
ははと、声を出して笑ってしまう。



来てよかった。




思う存分、海辺を堪能したゾロは、まだ明るい昼下がり、
立ちあがると、バイクにまたがった。

帰りは峠の山道を通った。
海辺では汗ばむほどの陽気が、峠ではヒンヤリとして心地よい。
繰り返すコーナーが、余計な事を 忘れさせてくれる。


途中で夕食を取り、ゾロがアパートに戻ったのは
夜の10時を過ぎていた。

ドアを開けようと、手を伸ばすと
取っ手に、何か白い袋がかけられているのに気づいた。

手にとって中身を見ると、紙袋が入っている。
袋を開けると
雷おこしがくっついた根付けが入っていた。

何だ?こりゃ。

紐についている紙に「浅草みやげ」と書いてある。

このセンス!あいつしかいねぇ。

吹き出しながら、手に持ったままドアを開ける。
ブーツも脱がずに、携帯を出してたしぎにかけた。
携帯には着信が残されていた。
バイクに乗ってる間は、気付くことはない。


そういや、都内に行くとか言ってたけど。
まさか、土産なんか、あるとは思わなかったが、
なんだか、嬉しかった。

「あ、もしもし、オレ。あんがとな、浅草土産。」

言いながらまた吹き出した。

「すげぇ、変。」

「え?あっ!あの、私とおそろいというか、
 人形焼きとどっちがいいですか?」
おろおろしている姿が見えるようだ。

「いや、嬉しい。ありがとな。」

「こっちこそ、なんだか休みも忙しくて、
 なかなかロロノアと、ゆっくり会える時間がなくて・・・
 ごめんね。」

ドキン。胸が鳴った。

「何で、あやまるんだよ!しょうがねぇだろ。」

「ふふ、お土産にかこつけて、会いにいっちゃった。」

「ったく・・・」


なんだろう、居てもたってもいられなくなった。

「ちょっと待ってろ、今から、そっち行く。」
ゾロは、たしぎの返事も聞かずに、電話を切った。


外に出ると、まだ冷え切ってないエンジンを
再びまわした。


******


たしぎのアパートの少し離れた場所で、エンジンを止めると
ゆっくりとバイクを押して行く。
たしぎは、アパートの下に出て来て、待っていてくれた。

「ロロノア。」
声をかけるたしぎの髪は少し濡れている。
Tシャツにパーカーを羽織り、膝くらいのパンツをはいている。

ちょっと気の緩んだ顔がゾロを見つめる。

バイクを止めて、二人で、近くの緑地に向かった。
歩きながら、今日あったことをお互いに話す。

犬の散歩をしているおじさんや、ジョギングをしている人が
遠目に見える。

時折、少し強い風が青葉を揺らしながら吹き抜ける。


「朝から、海と山、行ってきた。」

「えぇ?すごい。」

「すごい、気持ちよかった。」

「わぁ、いいなぁ。私なんか、緊張しっぱなしで。」

「あの土産は?」

「ふふ、昼休みに、ちょっと立ち寄った店で見つけたんです。
 もう、一目で気に入っちゃって。ロロノアと一緒に、着けたいなって思ったんです。」

「ふうん。オレの事、考えてた?」

「えへへ・・・うん。」
照れくさそうに、たしぎが頷く。

「オレも・・・海辺で寝転がって、お前のこと考えてた。」

「・・・・」



立ち止まるゾロ。

その腕に、たしぎの身体が、ふわっと包み込まれる。


時折、吹き抜ける強い風が遮られ、
そこだけ、暖かい空気に包まれる。

どうしよう・・・
気持ちいい。

目を閉じるたしぎは、このまま眠ってしまいそうな程、
ゾロに、全てをゆだねた。


海の香りが、かすかに香る。


「もう、行かねぇとな。」
ゾロの声に、目を開ける。

思いのほか、時間がたってしまったらしい。


「疲れただろ、すまねぇな、こんな夜遅くに。」

気遣うゾロに、慌てて首を振る。

「ち、ちがうんです。疲れてたんじゃないんです。」

やさしい顔で見つめるロロノアに、
申し訳ないという想いが溢れる。

ゾロは、わかった、というように肩を抱いて歩き始める。

「帰るぞ。」

ニ、三歩、進んでたしぎが急にとまった。

「嬉しかったの・・・ありがとう。」

くっと顔をあげて、ゾロの腕を掴む。

少し、背伸びをしたたしぎの唇がゾロの頬に触れる。
驚いたように、ゾロが目を見張る。

「あぁ。」




突然やって来たかと思えば、
照れもせず、真っ直ぐな瞳でこんな笑顔をみせる。

何も隠さない、素直なヒト。

愛おしさが込み上げる。


「海、今度、一緒に行きたいな。」

「あぁ、連れてってやる。」

「約束ですよ。」

「あぁ。」




******


たしぎを送り、自分のアパートに戻ったゾロは、
シャワーを浴びていた。

自分勝手だけど、オレの事を想ってくれているたしぎが一番好きだ。

手に残る、幸せの響き。


やっぱり、オレ、最高に幸せだ。


一人、満ち足りた気分で、風呂場から出る。


タオルで頭をくしゃくしゃに拭いて、
ごろんと寝転がり、天井を仰ぐ。


絶対、海に連れてってやろう。
あいつの喜ぶ顔が見てみたい。


開けた窓から、カーテンを揺らして風が吹き込む。
火照った身体を、冷ますかのように、
ゾロは、眠りに落ちていった。



〈完〉




青春だなぁ〜〜〜