ありがとう

再会の喜びと新世界への期待と共に、 魚人島に向かって出港したサニー号。
海の中の航海では、いきなり目の前にサメや巨大なエイが現れて、 驚くことばかりだった。
そんな、ある日のこと。

その夜の見張りに立つゾロに、ナミは声を掛ける。
「ゾロ、頼んだわよ。あの海底の岩を目印にね。」
「ああ、まかせとけ。」
その後も、ナミは立ち去ろうとはせず、ゾロの傍らに立つ。
「・・・なんだよ。」

ナミは海を見つめながら、つぶやく。
「なにやってんのよ。ルフィもあんたも、おっきな傷つくって。」
「ん?・・・ああ。なんでもねえよ、あいつは。」
「あんたもでしょっ!スリラーバーグの時だって、一人で死にかけるし、
2年前のシャボンディ諸島の時だって、傷もいえてないのに無理して、殺されかけて、 ほんと生きた心地がしなかったわよ・・・」
ナミが、つらそうな顔をする。

「おまえ、いい女になったな。」

「な、なによっ、いきなりっ!って、ひとの話聞いてんのっ!あんたはっ!」 少し赤くなるナミ。

それを見てゾロは少し笑う。
「もう、バラバラにはなんねぇよ。この一味は。こうやって、再会できたんだから。
ルフィは強くなったな。エースのこと一人で乗り越えやがった。 安心しろよ。」

「ふふ、どっから来んの?その自信。」
ナミが笑う。
「さあな?」ゾロも、笑う。

「さて、もう寝るわ。おやすみ。見張り頼んだわよ。」
と去り際に、思い出したように、ゾロにそっと耳打ちをする。
「・・・・」

それを聞き、「ああ。」とゾロは頷いた。
頭をガリガリとかいて、空を仰いだ。


*********

夜半過ぎ、ガタッと音がして、フランキーが見張り台にやってきた。
「よお、ごくろーさん。」 と言って、ゾロの向かいにどかっと腰掛ける。

今更だが、フランキーの変身ぶりには驚かされた。 生身の部分なんてあるのだろうか、とゾロは思う。
「よお。どうしたんだ?こんなとこに来るなんて、珍しいな。」

「そうか?どうだこの部屋の居心地は?」
「ああ、文句ねぇ。」
「そうか、そりゃ、よかった。変えてほしい箇所があったら、  いつでも言えよ。」
「ああ、ありがと。」

「それより、オレは今、世紀の大発明の開発中だ。
 ま、出来上がったら、お前に真っ先に試させてやんからな!  期待しとけよ。」
「なんだよ、世紀の大発明って?」
いきなり、何を言い出すんだコイツは、と思いながらも、一応聞いてみる。
「へへ、スーパースペシャル、アイスコープ剣士用、ってな。」
鼻をこすりながら、フランキーが教えてくれた。
「・・・いや、変態には、なりたくねぇ・・・」
と言ったが、変態の言葉以外聞こえなかったようだ。
でも、気持ちだけありがたく受け取っておこう。
フランキーは一通り、部屋のたてつけをチェックすると、降りていった。


*********

朝日が昇ったのか、辺りが明るくなり始める。
サンジは、もう起きてるようだ。朝飯のいいにおいが上まで漂ってくる。

一身に朝日を浴び、息をゆっくり吐き出す。
それを数十回繰り返し、「よし。」と呟く。 気が満ちるこの時間が、ゾロは好きだった。

ウソップが登ってくる。
「よお、起きてるか?飯食ってこいよ。見張り変わるぜ。」
「ああ。」と返事をし、ウソップの身体を眺める。
「ウソップ、お前いい身体になったな。」
「おうよ。もう、守ってくれとは言わないぜ。」 胸を張って答える。そして、おもむろに、
「ゾロ、お前後悔してねえか?」 と聞いてきた。
ウソップは、聞きにくいことでもストレートに聞いてくる。
それは、聞かれたほうもいやではなかったし、素直に答えることができた。
一種の特技なんだろう。

「いいや。」何の力みもなくゾロは答える。

「お前、この二年どこにいたんだ?」
「・・・鷹の目のところだ。」
「!!・・・じゃあ、その目も!」
「まあ、そんなとこだ。」
ウソップは、ゾロとミホークの一戦は、直接は見ていない。
ココヤシ村に遅れてきた時には、もうあの深い傷をおっていた。
後でサンジから、ミホークにつけられた傷だということを聞いた。

ゾロの二年を想い、ごくりと唾を飲み込む。
自分を殺せる程の男と、共に二年も過ごしていたのか。
でも、今のゾロからは気負いも、殺気も感じられない。
ものすごく穏やかだ。
なにを乗り越えてきたのだろうか。

ウソップは考えていた事を口に出す。
「なあ、あの赤い魚みえるか?」
「ん?・・・ああ。」少し目を細め、ウソップの指差す方向を見つめ 頷く。
「オレは、あの魚の目の周りの黄色い模様も、はっきり見えるぜ。  なんたって、一流の狙撃手だからな・・・」
「ああ。」同意して頷く。
「だから、オレがもし先に死んだら、この目、お前にやる。」

「縁起でもねえ。」厳しい顔をしてゾロが答える。
「いいか、もしもの話だ。オレだってみすみす死ぬ気はねえよ。  もしも、だよ!いーか、勘違いすんなっ!」
言ってから、照れくさくなって、あわててごまかそうとするウソップを見て、ゾロは、いきなり肩を組んだ。
「見張りはいいから、朝飯食おうや。」
そのまま、扉を開けて出ようとするも、ガンッと思い切り、頭を出口にぶつけてしまう。
「何やってんだよ!見えてねえじゃんかよ!」

ウソップが、ゾロの身体を支えようとするが、それを軽く振り払って 一人で先に下に降りて行く。
「うるせー。気ぃ抜いてただけだっ!」
ウソップには、その顔は笑ってたように見えた。


********

昼も過ぎ、そろそろおやつの時間、ゾロがあくびをしながら起きてきた。
取り分けられていた遅い昼食をとる。

食堂にロビンが入ってくる。
「おはよう。」
「んあ。」口を動かしながら返事をする。
ロビンの手には、小さな鉢植えがあった。 うすい紫色のトゲトゲした花が咲いていた。
ゾロはそれをジーっと見つめ、口の中のものを飲み込む。
「それ、見たことあんな・・・昔。」

「あら、そう?アザミっていうのよ。花言葉は、『独立』、そして『私に触れないで』なの。」
ロビンがバルジモアから苗を持ってきた花だった。 他にもいろいろな花の種を持ってきていた。
「ふうん。」
「日当たりがいいところに置きたいんだけど、見張り台の部屋に置いてくれないかしら。」
「いいけどよ、水やりなんかできねえ、オレは。」
「かまわないわ、私がやるから。それに、この花は、たくましいから、そう簡単には枯れないの。」
「じゃあ、後で、上に持っていくわ。」 と鉢植えをテーブルに置いて出ていく。
ゾロはアザミを見ながら、食事を続ける。 皿を片付け、食堂を出て行く際に、手がアザミの棘に触れる。
チクっとした瞬間に、子供の頃がよみがえる。 あの頃、野原や道端によく咲いてた花だ。
「これ、喰えるんだった。味噌汁なんかにして。」 思い出した。
「なつかしい。」
まさか、こんな海の果てで、また見るとは思わなかった。 非常食用か?ロビンは何故こんな花を育てるんだろう。
ゾロは、それがドラゴンの故郷の花だとはもちろん、知るよしもなかった。


*******

昼飯を食べ、眠くなったゾロは、甲板でゴロんと横になる。
海の水のきらめきが、ゆらゆらと眠りを誘う。 ブルックの奏でるヴァイオリンが聞こえてくる。
そのまま、眠りへおちていった。

夢を見た。
知った顔が大勢出てきた。 皆、楽しそうで、こっちまで幸せな気分になった。
何時だろうか。 過去か?未来か?
気がつけば、故郷のシモツキ村にいた。
そこに、大人になったくいなが、いや、たしぎがいる。
何故こんな所に?
たしぎは、なんだかとても穏やかで、オレと対峙している時とは えらい違いだ。話している相手は見えなかったが、たしぎは幸せそうだった。
それを眺めながら、ゾロは、ゆらゆらと、暖かな想いのなかを漂っていた。


「お目覚めですか?」 ブルックに声を掛けられて、ここが甲板だったことに気づく。
「ん・・・よく寝た。」
「夢、見れましたか?」 ブルックが、聞いてきた。
「・・・あ?ああ。見てたな。」
「子守唄 ボン レヴ。楽しいひと時を  過ごしていただけましたでしょうか? よほほほほ〜〜!」 といって、離れていった。
不思議な夢だった。
オレの夢・・・そして、その先にあるもの。
ゾロは、大きな欠伸をした。


*******

再会してから、クルー達は皆、ゾロの目の傷のことは、 何も聞かなかった。
ただ、チョッパーだけは、
「俺が、その場にいたら、何とかできたかもしれないのに。」 と、くやしがっていたので、
「そんなことねえよ。」とゾロは言ってやった。

「でも、駄目はぜんぜん治ってないな。やっぱ、駄目に効く薬、必要だな。」
「・・・こら」 暫く離れてた間に、ツッコミが容赦なくなったじゃねぇか。

それから、食事の度にゾロにだけ、お茶がでるようになった。
しかも、すっぱい果実のソースがかかった料理がやたらと 食卓に上った。

今夜もそのお茶が出されたのを見て、ゾロが口を開いた。
「なんか、最近出てくるお茶、くそまじいんだがな。 てめぇ、何たくらんでやがんだ?」

食事に関しては、クルー全員が、サンジに全面的に信頼をおいている。
何か意図があるに違いないと思っていた。

するとチョッパーが、くんくんとお茶の香りを嗅ぐ。
「あっ!これはミツバナの木の匂いだ。『目薬の木』っていって、目にいいんだぞ。
ブルーベリーも目にいいんだから、ちゃんと食べないといけねえぞ。ゾロ!」

「あん?誰が気ぃつかってくれって頼んだんだ?このクソコック!」
「なんだと!おめえは、黙って出されたもん食ってりゃいいんだよっ!」
「うるせー、こんなまずいもん食えるかっ!」
「てめぇ、やるか?」

「まあ、待てよ。二人とも!」 あわててウソップが止めに入る。
「ゾロ、サンジだっておまえのこと考えてのことだろ。怒るなよ。」

「俺の目がどうなろうと、自業自得だ。てめぇらには関係ねぇだろ。」

「ゾロ、いい加減にしなさいよ。」 ナミが静かに言う。

この雰囲気に、チョッパーが思わず話始める。
「ゾロ!みんなゾロのこと心配してるんだぞっ!」

「チョッパーだって、夜な夜な、目に関する医学書、読みあさってたわ。」 ロビンが続ける。

「オレ、オレ、医者なのに、ゾロの目治せないなんて・・・うっ、うっ、ぐすっ  コンニャロー!」
涙ぐむチョッパー。

「・・・わかった、もういい。」 こんなところは、前のまんまだな。

ドンっと自分の席に腰をおろす。

今まで、黙って食べていたルフィが口を開く。
「なあ、ゾロ。おまえ、すげぇ強くなったなぁ。  一体どんな修行したんだ?」
もぐもぐ、もぐもぐ。

「だからってなぁ、  おまえが片目になったこと、喜ぶような奴は  この船には、一人もいねぇんだよ。
 ちゃんと、心配してもらえ!」

じっとゾロを見つめて、シシシと笑う。
そして、みんなを見渡して、船長の顔をする。

「みんな、二年もの間、本当によく付き合ってくれたな。  そんでもって、  本当に、よく生きて、この船に戻ってきてくれた。
 礼をいうよ。みんな・・・ありがとう。」
ゆっくりと、こうべを垂れる。

全員が、船長の言葉をかみ締め、それぞれの二年に想いをはせる。

上げた顔に、いっぱいの笑顔を浮かべ、 ルフィが声を張り上げる。

「さあ、野郎ども!宴だ〜〜〜〜っ!」 皆が、ジョッキを高く掲げ、杯を合わせる。
「かんぱ〜〜っいっ!!!」

「それでは、改めて再会を祝しまして、一曲奏でましょう!」
ブルックの陽気な曲が甲板いっぱいに、響きわたる。

「さあ、景気よく行こうぜ!」

「さぁ、ナミさん、ロビンちゃん、デザートにいたしましょう。  野郎ども、食いたきゃ、食え!」
サンジが、大きなケーキを運んでくると、 チョッパーが、目を輝かせた。
「わ〜〜〜、でっけぇ、誕生日ケーキだぁ!」
ケーキには、『 Happy Birthday 』の文字と、 三本の刀に見立てたポッキーが飾ってあった。

「ん?ゾロは何歳になったんだ?」 フランキーが、コーラ片手に、聞いた。
「・・・21。」 照れくさいのか、ぶっきらぼうに、ゾロが答える。
「女、知ってんか?」
ぶ〜〜〜っ!思わず、酒を吹き出す。
「な、なんだよっ!いきなりっ! おろすぞ、てめぇ。」
「ははは。」

そんなやり取りを見ながら、サンジが、ケーキの皿をゾロの前に置く。

「ほらよ。」
「クソ甘そうな、ケーキだな。おい、あのお茶、あるか?  ・・・一緒に食ったら、丁度いい。」
「おう。」 サンジが何事もなかったように、返事をする。

それぞれの想いでシャボン玉を揺らしながら、 海の中の大宴会は、夜更けまで騒がしく続いた。