どんっ、どんっ!
ゾロの胸を何度も何度も叩く。
私は許さない。
あなた達、海賊を、絶対に許さない。
返して!
父を、母を!
あの子たちを!
どうして、私の大切なものを、そうやって奪っていくの!
わかっていた。見当違いの、憤りだと。
それでも、叫ばずにはいられなかった。
「海賊は、どこまでいっても海賊だ。」上司の言った言葉が、耳に甦る。
ゾロは、黙って、たしぎの叫びと胸に広がる鈍い痛みを受け止めていた。
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「うわっ、ひでえ有り様だな。」
其処らじゅうの瓦礫と、焦げ臭い匂いをよけるように、ウソップがわめく。
「海軍と、海賊の一戦があったようだな。街も巻き込んで。」
遠くで人々の叫ぶ声や子供の泣き声が聞こえる。
上陸したのは、ルフィとゾロとウソップ、そして何やら多くの血の匂いが
すると言って、医療カバンを持ったチョッパーの四人だった。
「何か出来ること、あるかもしんねぇ。行ってみるぞ。」
ルフィが言って、先頭に立つ。
街では、まだ火薬の匂いが充満し、あちこちで炎が燻っていた。
ルフィ達は、水を運んできては、火種を消していった。
怪我を負った者を見つけては、チョッパーが手当てをする。
怖がる者もいたが、チョッパーの手際の良さを目の当たりにして、
すぐに人だかりができた。
ウソップは、人員整理におわれる。
「重傷者からだ!こっちに連れて来てくれ。」
時々、泣き出した子供に、器用に手品を見せては、気を紛らわせている。
ゾロとルフィは、ただひたすら瓦礫を片付けていた。
「こんなん、海賊のすることじゃねぇ。」
ルフィが、悔しそうに呟いた。
「どこの世界にも、外道って奴らはいる。」
応えるゾロ。
暫く無言で作業を続けていた。
そろそろ、退散したほうが良さそうだと思ったのは、
向こうから、海軍の一団がやって来るのが見えたからだ。
救援物資か何かだろう、大きな荷物を運んでいる。
その先頭を歩いているのが、たしぎだった。
「皆さん!私たちは海軍です。手当が必要な方はいませんか?
水と食料もあります。もう大丈夫です。安心して下さい!」
街の人々に大声で語りかける。
ゾロは目を細め、たしぎの張り詰めた様子を感じ取る。
顔は汗と埃にまみれ、ジャケットには返り血だろうか、黒いシミが全身に付着していた。
街の人々が海軍のもとに集まり出す。
チョッパーの手当てのおかげか、パニックになることもなく、皆落ち着いていた。
「こっちは、もういいぞ。」
ルフィのもとに、ウソップとチョッパーが戻ってくる。
「船に戻る。」
何か言いた気なルフィだったが、ぎゅっと口を結んだまま、船に向かって歩きだした。
「待ちなさい!」
後ろから鋭い声が響き渡る。
「お前ら、先、行っとけ。」
ゾロが皆の背中に声をかける。
ウソップは、心配そうに振り返った。
いつもとは、違う状況だぞ、大丈夫か?目が訴えている。
「わかった。お前に任せる。」ルフィの一言で、皆ゾロに背を向け歩き出す。
そこに立っていたのは、抜刀もせずに拳を握り締めたまま立つたしぎだった。
たしぎの深い瞳は、ゾロを捉えているようで、見つめてはいなかった。
その先にある、何かに向かって、挑んでいるように。
姿の見えない巨大な敵に。
「私は許さない。あなた達、海賊を、絶対に許さない。」
絞り出すように呻くと、精も根も尽き果てたように、膝から崩れ落ちる。
ゾロは、手を差し伸べることも、触れることもせずに、ただ、立ったまま見つめていた。
少しだけたしぎの息づかいがゆっくりになるのを待っていたかのように、
ゆっくりと、その場を離れる。
じっと地面を睨みつけていたたしぎが、顔をあげる。
「ロ、ロロノア・・・この次は、捕まえますから・・・」
絞りだすように、去ろうとする海賊に宣言する。
「ああ、わかった。」
最後まで、ゾロの手がたしぎに触れることはなかった。
たしぎに触れれば、こいつが立っている場所が足元から崩れ落ちるような気がした。
ほんの少しだけ、たしぎの背負っているものが垣間見えた。
海賊のオレには、どうすることも出来ない事だ。
だから、受け止めよう。
おまえの慟哭を。
思い切り、ぶつけてくればいい。
〈完〉