Dream



「もし私が死んだら、
 この時雨をもらってくれますか?」


ほんの軽い気持ちだった。

しゃあねぇなって、いつものようにニヤリと
笑ってくれると思っていたのに。



「断る。」

返ってきた返事は、この一言だけだった。


それから、ゾロは考えこんだように、
言葉すくなになった。



なんとなく気まずい感じを残したまま、
たしぎはゾロと別れた。




******




自分の部屋に一人で居ると、

棘の刺さったような胸の痛みとともに、
怒ったようなロロノアの横顔が浮かんでくる。


親友との約束
形見の和道一文字


あなたの大切なもの。

わたしの入り込む隙間などないんだろう。



わかっていたつもりだけど・・・


寂しさを認めると、あとは感情の波に押し流されそうになる。


冷たいままのベッドは、いつまでたっても
たしぎの心を温めてはくれなかった。



******



たしぎが、いきなり変なことを
口走るものだから、考え込んでしまった。


なんて言えばいいんだ?



そう思っているうちに、気がつけば
ゾロは、船に戻っていた。


オレが傍に置きたいのは、お前の刀じゃない。


悪党に渡ってしまった世界中の名刀を
この手で、回収するんです!


拳を握って、力強く宣言してただろうに。


お前の夢なんだろ。



だから、

だから・・・お前は、死んだらいけねぇんだ。


そう言おうとして、
なんだか、やけに突飛な気がして、思わず黙り込んだ。


この世界に飛び込んだなら、いつ死んでもおかしくないと
それは、たしぎも同じ覚悟だろう。


だがな・・・



簡単に死ぬなんて言うんじゃねぇよ。



ゾロは、たしぎのその言葉に腹が立った。


怒りというよりも、圧倒的な拒否だった。

お前がいなくなるなんて、想像すらもしたくない。



傍にいて、守ってやることすら出来ないのかと
胸をかきむしったのは、随分、前のことのように思える。



それでもいいと、腹をくくった筈だった。




ふらりと立ち上がると、その答えを確かめに
ゾロは再び船を降りた。




*****



「ロロノア・・・どうして、ここに・・・」


眠れない夜を過ごしていたたしぎの前に、
ゾロが現れたのは、もう夜明け前だった。



窓から入ってきた男の顔は冷たく、冷え切っていた。


自分が羽織っていた上着を、ゾロに掛けようとして
その胸に強く抱き締められる。


ゾロは、小さな明かりを灯したまま、
たしぎもまた、眠っていなかったことを知る。


「馬鹿なこと言うんじゃねぇよ。」


たしぎのぬくもりを全身で感じながら、耳元で囁く。



「ロロノア・・・」


「自分の夢をかなえられるのは自分しかいねぇ。

 だから・・・死んだらなんて言うな。」


ここに来る途中、ずっと考えていた。


あんなことを言ったたしぎの気持ちと自分の恐怖。


結局、何も思いつかぬまま、たしぎの前に立った。



ひとつだけ、思い知ったのは、
愛するものを失うことが、オレは怖い。

自分が死ぬことは、全然怖くはないのに。


どうしてしまったんだ?


オレは。

こんなにも、情けなくなってしまうのか。


くしゃ。


たしぎの髪に触れ、頬を寄せる。

吐息のぬくもりが、少しずつゾロの震えを落ち着かせる。



冷たいゾロの身体。


「ごめんなさい・・・」

鼻をすするゾロを、やさしく包み込むように身体を寄せる。



私は、あなたを傷つけてまで、何を欲しかったんだろう。

 
私がいなくなっても、ずっと想っていて欲しかった。
ロロノアの心を占める、あの人のように。


少しだけ羨ましかった。



私は、あなたにとって・・・


それを知りたいと思った。



「ごめんなさい。」

もう一度囁くと、たしぎは、ゾロの背中にまわした手に ぎゅっと力を込めた。



******


「いけないっ!寝坊しちゃった!」


たしぎが、ベッドから身体を起こした途端、
腕をぐっと引っ張られ、男の胸に倒れこんだ。


「ロロノア!あ、朝です!行かないと!
 見つかっちゃう!」


焦るたしぎとは反対に、目を閉じたままのゾロは
悠長にたしぎの髪を撫で弄ぶ。


「ロロノアッ!」


「しーっ!そんな大声出したら、ほんとに見つかっちまうぞ。」

慌てて口を塞ぐたしぎの顔を、笑いながら覗き込む。


「わかってるなら、手を離してください。」

むすっとして、訴える。


「なぁ、オレがお前の代わりに、名刀を全部回収しちまったら、
 嬉しいか?」

「どうしたんですか?いきなり。」

朝っぱらから何を言い出すのかと、たしぎが首をかしげた。


「いいから、どうだ?」


「そんなの、嬉しい訳ないじゃないですか。」

「だよな。」


 ?


「大剣豪になるのはオレの夢だからだ。
 あいつの夢だったからじゃねぇ。わかるか?」


たしぎは、こくんと頷いてみせる。


「だから、自分の夢は自分で叶えろってことだ。うん。」


ゾロは、一人で満足した様子だ。

たしぎの寝顔を見つめながら、自分の伝えたいことを
あれこれと考えていた。



「何言ってるんですか!名刀はロロノアになんか回収させませんよ!」


意外な答えに、ゾロは眉をひそめる。



「だって、お前、昨日、その時雨をオレにもらってくれって。」


「それとこれは話が違います。」


「なんだよ!」

思わず身体を起こして、たしぎを覗き込む。



「それに、集めた名刀は、絶対ロロノアになんか渡しませんから!」



「おいっ!」


ゾロの視線に耐え切れず、思わず白状してしまう。



「私は、ただ・・・羨ましかったんです。」




言ってしまってから、カッと熱くなった頬を隠すように横を向いた。



ぱふっ。


力が抜けたように、ゾロの身体が枕に沈む。


ははっ。確かに。

死んだら、代わりにって言われた訳じゃねぇ。

オレは、死んだら夢は叶えられないと思い込んでた。
夢を叶え、歳とって、そんで死ぬのもありなんだな。

たしぎ。



自分の足で歩いて、自分の夢を叶えて、そんで、
笑いながら満足げに逝くんなら文句はねぇ。

お前は、そうなんだな、きっと。



ゾロは、解き放たれたように、ふっと笑った。




「ロロノア・・・ほんとに、そろそろ行かないと。」

目を開ければ、たしぎが、すまなさそうに見つめている。


「あぁ。」

と返事をしたものの、すっと手を伸ばして項に触れた。


「断る。」


えっ?という顔のたしぎを引き寄せると唇を塞いだ。


ばたつかせる手足が、静かになるまで、離すつもりはない。



もう少し、この嬉しさを、味あわせてくれ。



ゾロは、その腕のぬくもりに願った。



*****



その日、隊舎で火災報知機が誤作動した騒ぎで
たしぎは、遅刻をとがめられることはなかった。


不審人物がいたとか、いないとか。
あいまいな表情を浮かべるしか出来ないたしぎだった。



〈完〉



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