戦いの終わったビスケットルーム。
「う、うそばっかり!
ずるいですよ!もう私が斬った後に!」
ったく、なんなんだよズルイって。
ゾロは思った。
「余計だったよ」
言ってしまってから、思いとどまる。
いや、憎まれ口たたくつもりはねぇけど。
こいつが居なきゃ、斬らなかったかもしれねぇ。
ちゃんと伝えておかねぇとな。
「しかし」
ポン!
ゾロは、たしぎの肩に手を置いた。
「ごくろうメガネ大佐
あいつに誰の後も追わせなかった
手柄はお前のもんだ・・・」
よくやった。
こんな細せェ身体でよ・・・
「んな!何であなたはそうやって上から物を・・・!」
・・・全然、伝わってねぇ・・・
「お前が下だからだ!」
「・・・・」
もっと何か言いたそうなたしぎの顔をまともに
見れなくて、横を向いた。
そして、肩に置いた手に、力を込めた。
言葉を失ったたしぎの顔が、赤くなったのに
ゾロは気付かなかった。
「行くぞ。」
「行きましょう。時間がありません。」
二人の言葉がかぶったところで、手を離した。
「だいたいですね、最初から本気を
出しておけば、いいようにナメられたり
しなかった筈です。」
「ナメてたのは、お前だろうが!」
「そんな風に思わせたのは、あなたです!」
「そんなん、2年も前のことだ!」
「それは、そうですけど・・・でも、実際」
もう沢山とばかりに、ゾロは振り返ると たしぎを睨みつける。
「んな!なんですかっ?!」
怯まないで、口を開こうとするたしぎの
腕をつかんで、グッと引き寄せると、
いきなり唇を塞いだ。
息もつけずに、固まるたしぎには、
それが、とてつもなく長い時間に思えた。
ゆっくりと、唇を離す。
「少し、黙っとけ・・・」
苦々しい顔でそう言うと、ゾロは何事もなかったかのように
また、前を向いて歩きだした。
あっけにとられていたたしぎは
自分の顔が、かーっとのぼせてくるのが分かった。
な、なにするんですか!?いきなり!
声をだそうにも、微かに口が動くだけで、
唇に触れたロロノアの冷たい唇の感触だけが
やけに鮮明に残っている。
ちょ、ちょっと、待ちなさい!
心の中で叫びながら、後を追った。
ガタッ。
真っ直ぐに歩いていたつもりが、壁にぶつかった。
張り詰めていた気持ちが、一気に緩んでしまったのだろうか。
目の前を行く、ゾロの背中が歪んで見える。
ふらついた身体を支えきれずに、たしぎは思わず床に膝をついた。
「おいっ!」
たしぎの異変に、ゾロが駆け寄る。
顔をあげると、目の前に、眉間にしわを寄せたゾロの顏があった。
「へ、平気です。」
「傷、見せてみろ。」
こんなになるまで手を出さなかったことを
ゾロは少しだけ悔やんだ。
「だ、大丈夫です。」
気丈に振舞う顔も、血の気がない。
ゾロは、座りこんだたしぎのコートに手をかけた。
一つ、二つと、ボタンを外していく。
胸元に空気を感じて、たしぎはハッと我にかえる。
「・・・やっ!」
「何やってんだ。血を止めねぇと・・・」
たしぎの手をどかした拍子に
コートのボタンが外れ、二つの膨らみが、ゾロの前に露わになった。
「・・・・」
「・・・・」
「きゃあ!」
勢いよく屈んだたしぎが、
固まるゾロの鼻っぱしらに頭突きを食らわせる格好になった。
「でっ!!!」
慌てて背を向ける。
「・・・海軍ってのは、こうゆう習慣なのか?・・・」
「ちっ!ちがいますっ!!!」
あぁ、もう何て説明したらいいの!?
狼狽えるたしぎに構わず、外した手拭いで
肩を縛ると、後ろからずり落ちたコートを
そっと背中にかけてやった。
「後で、うちの船医に診てもらうといい。」
「時間がねぇ、行くぞ!」
たしぎが振り返ると、すぐ目の前にゾロの背中があった。
「おぶされ。」
「え?!」
「そんなんじゃ、走れねぇからな。」
「で、でも・・・」
「つべこべ言ってねぇで、掴まれ!」
おずおずと手を伸ばしたたしぎを
引っ掴むように背負うと、ゾロは走り出した。
ほんの少しだけ、目的の場所までの間、
たしぎは全てをその背中に委ねて、そっと目を閉じた。
〈完〉