「たしぎさ〜〜んっ!見ました?この手配書!」
新世界の辺境の島。
海軍本部からの情報も、ひと月遅れで入ってくる。
スモーカーの部隊は、この地域に赴任していた。
本部からも遠く離れたこの近辺は、殆ど無法地帯と化していた。
日々の業務に忙殺される毎日、任務の意義さえ見失いそうになっていた。
声を掛けてきたのは、コビーだった。
スモーカーの隊と共に、コビーの隊も飛ばされていた。
麦わらの一味を追うという目的の為、二つの隊員達は
意気投合して、何かと助け合っていた。
ジャングルのような、うっそうと茂った森の中、
たしぎは、手配書を握り締めながら、一人で立っていた。
「こんな所に居たんですか?たしぎさん。
もう見ました?この手配書。
ルフィさん達、やっぱり動き出しましたね。」
話しかけたコビーは、たしぎの様子に気づいた。
手配書を手に、うつ向いたまま動こうとしない。
肩が震えている。
コビーは、ハッとして足を止める。
「・・・たしぎさん。」
ザワザワと草木が揺れ、鳥のさえずりが頭上高くに響きわたる。
生き生きとした緑が、二人を取り囲んでいる。
コビーの意識に流れ込んでくるジャングルの草木とは別の緑。
これは・・・
圧倒的な強さと鋭い太刀筋。
そして、見つめる熱い瞳。その翡翠色に包まれる。
たしぎの狂おしい程の焦燥と、胸の高鳴り。
これは、自分の鼓動なのだろうか。
コビーは、ギュッと心臓を掴まれたかのように苦しくなる。
これは、たしぎの心に深く刻まれたキオク。
何か、見てはいけないものを見てしまった気がした。
そっと、その場を離れようと後ずさる。
その足が、枝を踏んでパキッと音がした。
「コビー!?」
たしぎが驚いたように振り返る。
「えっ、と・・・こ、これ見ました?」
うろたえながら、手にした手配書を上げて見せる。
さっきまで流れ込んでいた、たしぎの意識は
跡形もなくすっと消える。
何も感じ取れない。
「麦わらの一味が、とうとう姿を現しましたね。
私達も、気を引き締めてかからないと。」
手にした手配書を見るたしぎは、いつもと変わらない。
ボクの知っているたしぎさんだ。
コビーはホッとする。
「どうしました?」
優しく笑いかける。
コビーに刀の説明を熱く語る、普段通りのたしぎに戻っている。
知ってしまった笑顔の裏側。
たしぎさん。
あなたは、誰に本気で怒ったり、涙で濡れた顔を見せるんですか。
心からの笑顔を向けるのは誰ですか。
しばらく何も言えずに立ち尽くしていたコビーを
たしぎは、首を傾げて見つめる。
「みっともないとこ、見られちゃいましたね。」
明るく笑いとばしてみせる。
コビーは慌てて、手を振ると、
申し訳なさそうに話し出す。
「そんなこと、あのっ!ボク、ルフィさん達がまた
現れて、すごく嬉しいんです。」
一体、ボクは何を言おうとしているんだ?
こんな事、話したら軍に居られなくなってしまうかもしれないのに。
頭の警告は、たしぎの目を見たら、消えてしまった。
この人なら、大丈夫な気がする。
「じ、実は、ボク、ルフィさんとゾロさんに助けられたんです。」
たしぎの瞳が大きく見開かれる。
さっきまで、泣いてた名残なのか、潤んだその濡羽色の瞳が
揺らいで草木の翡翠色を映している。
その瞳から目を逸らせない。
なんだろう。
悔しいとは思わなかった。
ただ、たしぎの強い覚悟を感じた。
そんな風に想われるような男になりたいと思った。
「たしぎさん、イーストブルーに居たんですよね。」
「ええ。」
「斧手のモーガン、倒したのは実はルフィさんとゾロさんなんです。」
コビーは話し始めた。
〈完〉
コビーの知るゾロとルフィの出会いを、たしぎが知ることになればいいのに
コビーの見聞色故のお話。