白鳥

キューン、キューン
たしぎは空を見上げる。
冬島の近くでは時折、
越冬する為に飛来する白鳥の姿を見かけることがある。

今年もまた会えた。
たしぎは白鳥が好きだった。
何千、何万kmという距離を、何日もかけて渡ってくる、
その力強さが好きだった。

見上げれば、整然と並び、一本のラインになって飛んでいく。
真っ直ぐに首を伸ばし、羽ばたきには迷いがない。
そして、近づいたり離れたりしながら、お互いを気遣うような
そんな姿に、結束の強さを感じる。

海軍の仲間と似ているところも好きだった。
その姿を海軍の仲間たちと重ねていた。

今夜、空を飛んでいるのは、一羽だけだった。
群れからはぐれたのだろうか、少し心配になる。
向かっている方向は、群れが飛んでいった方向と同じだ。
頑張れ!思わず拳を握りしめる。トロい自分と同じだ。

それとも、一羽だけ、違う場所を目指しているのだろうか。
ぶるっと夜露のおりた甲板で、身震いをする。
どこへ行こうとしているの?
あなたは、群れを離れて生きていけるの?
急に、この広い海原にたった一人、投げ出された感覚に陥る。
群れる仲間もいない世界で、どうやって生きる。
私なら・・・
思わず、時雨を握りしめる。

時雨と私、この世界で二人だけ。
時雨と一緒ならどこへでも行けるはず。
いつか、自分の翼で飛ぶ時が来るのだろうか。
雨も風も乗り越えて行けるのだろうか。

私は何処へ行こうというの?
ふっと笑ってしまう。
頭に浮かんだのは、緑色の髪の剣士の姿。
どこまでも追いかけると誓ったあの背中。
たとえ振り向くことがなかろうと、並ぶことなどなかろうと、
私は見届けよう。
もしも、この居心地の良い群れを離れることがあるとしたら、
私は、あの背中を目指して飛んで行けばいい。
なんだか、自分が考えていることが、可笑しくて笑ってしまった。

「たしぎ少尉。」呼ばれて、振り返る。
「冷え込んできました。風邪などひかぬように気をつけて下さい。」
マシカク軍曹が、心配そうに様子を伺っていた。
「軍曹さん。ありがとう、大丈夫です。」
なんだか、恥ずかしいところを見られてしまい、たしぎは赤面する。
やっぱり、ここは暖かいな、と感じてしまう。

ただ、いつか来るかもしれぬ時を想い、
あの白鳥が消えていった方向に視線を投げかけた。