2012年の元旦の朝、ゾロは新幹線に乗っていた。
大晦日いっぱい、運送業のバイトをしていた。
元旦ともなると、故郷へ向かう車内はそう混雑していなかった。
窓際の席に深く沈みこみながら、昨日までの疲れを少しでも取るべく
眠ろうとしていた。
一週間程前に、酷い風邪をひいてしまい、
病み上がりの身体を、なんとか誤魔化しながら
バイトを終えてきた。
バイクで帰ってもよかったが、今回は電車にすることにした。
せいぜい、3、4日の帰省だ。
目をつぶったゾロの頭には、
熱を出して、寝ていた夜の事が浮かんでた。
あいつの気持ちが分かんねぇ・・・
「悪い、今日は無理だ。ゴメンな。」
たしぎの携帯に、そう電話を入れたのは、
12月24日のクリスマスイブのことだった。
さっき、熱をはかったら、39度の表示が出てた。
今夜は二人で食事に行く約束をしていた。
いつものオールブルーで。
バイトも、大晦日までめいっぱい入れることを条件に、
今日だけは、休みをもらったのだ。
それなのに、楽しみにしてたたしぎに申し訳なかった。
「大丈夫ですか?私、なにか作りに行きます。欲しいものあります?
あ、鍵開けておいて下さい。」
「いや、いい。」と返事した時には、電話はもう切れていた。
鍵は最初から掛かってないし、俺が寝てれば、あいつも帰るだろうと、
そのままにして、眠ることにした。
あの日、オレの誕生日に部屋に泊まってから、
一度、二人で映画に行った。
それから、オールブルーで食事をして、
たしぎがサンジのヤローに何やらお礼を言っていたのが
気に食わなかったが、何となく、また会う約束をして別れた。
それから、ゼミで遅くなる日は、送っていくからと言って、
連絡をもらうようにした。
週に二日ぐらい、バイクに乗せて家まで送り届けるようになった。
オレからも、あいつからも、はっきり、口に出して言ったことはないが、
二人、付き合い始めたと思っていいんだろうか。
そんな中で、迎えたクリスマスで、
オレは、ハッキリ、たしぎに気持ちを確かめたかったんだ。
このままじゃ、手も出せないし・・・
プレゼントも用意した。
女に贈り物なんて、やったことが無かったから、
もの凄く迷って、結局、マフラーにした。
それなのに、風邪なんかひいてしまって、
あいつに悪い事した。
******
ガタッとキッチンで音がして、目が覚めた。
たしぎか?
まだ熱でボーッとする頭で、立ち上がると寝室を出た。
「あっ!ロロノア、大丈夫ですか?
今、お粥作ってますから、寝てて下さい。」
普段通りの格好で、エプロンを着けている。
でも、よく見れば、顔にうっすら化粧しているようだ。
出掛ける準備をしていたんだろう。
「今日、ほんとゴメンな。」
「気にしないで下さい。平気ですから。
それより、今年の風邪は、長引くって聞きましたから
大事にしないと。」
居間のテーブルの上には、ジュースやイオン飲料、
栄養補給のゼリーとか、山ほど乗っていた。
「薬、飲みました?買ってきましたよ。」
「ん、あぁ。ありがと。」
たしぎから薬と水を貰い、飲んだ。
オレの額に手を当てて、心配そうに顔を覗き込む。
「やっぱり、熱が高いですね。寝てたほうが・・・」
素直に布団に戻ると、声を掛ける。
「送っていけねぇから、早めに帰ったほういいぞ。」
「はい、これ作ったら帰りますから、眠って下さい。」
そう聞いて、安心したオレは、薬の効きもあって、眠りに落ちた。
******
再び、何かが額に触れるのを感じで目が覚めた時には、
部屋は真っ暗だった。
もう、夜なんだろうか。たしぎは、帰ったのか。
と、この手の主が、たしぎだと気づく。
頭は、グルグルと回転しているのに、身体が動かない。
「ん・・・」
喋ろうとしても、言葉が出て来ない。
「少し、下がったみたい・・・でも、まだ高そう。」
手が離れ、たしぎの居なくなったと思った。
また、少しまどろんだ。
唇に触れる、柔らかいもので、気がついた。
熱があるせいか、少し冷たく感じるたしぎの唇だった。
ものすごく、長い時間に感じた。
ふっと軽くなって、唇が離れたことが分かった。
「・・・移るぞ。」
やっと、言葉が出た。瞼は開かない。
横で息を呑む気配がする。
「ロロノア、起きてたんですか?・・・ご、ごめんなさい・・」
立ち上がり、部屋を出ていく物音がする。
「あの、お粥、ここ、置いておきますから、
・・・わたし、帰ります。」
離れた所からたしぎの声がして、しばらくして、ドアが閉まる音が聞こえた。
なんで、いっつも、あいつは謝るんだよ。
今すぐ、追いかけて、つかまえたい衝動にも
身体は動かなかった。
*****
次の日、なんとか熱が下がり、動かない身体で
無理やりバイトに行った。
たしぎに電話を入れると、繋がらず、メールで礼を伝えた。
3日経っても、電話に出ないたしぎが心配になって、
アパートまで行くと、中からすごい声をしたたしぎが出てきた。
顔が真っ赤で、喉が痛そうだ。
「移っちゃいました・・・」
はは、と力なく笑うたしぎを、バカ野郎!と怒鳴り倒して
今度は、オレが面倒みると、言うと、
頑なに、断られた。
「ほんと、大丈夫ですから。ちゃんと薬も飲んだし・・・」
それ以上、強く言うことも出来ずに、帰って来た。
入ったこともない女の部屋に、ズカズカと上がる訳にはいかない。
その後すぐ、近所で買った飲み物やゼリーをたしぎの部屋の前に
置いてきた。
オレも治りきらない風邪で、バイトに行くだけて精一杯だった。
ようやく、たしぎから、メールが来たのは、昨日のことだった。
すっかり元気になって、今、実家に帰っている途中です。
良いお年を。
あまりに素っ気ない文面に、自分がなんか悪い事してしまったのかと
考えてしまった。
******
「たしぎぃ、ほら、少しは手伝いなさい。
まったく、ゴロゴロしてばかりいて。」
帰省したたしぎに、母親が声を掛ける。
「ふぁ〜い。」
コタツで寝転がっていたたしぎは、しぶしぶと起き上がる。
身体が重い。気持ちもこの上なく重い。
あの日、ロロノアの少し熱の下がった額に
手を当てて、顔を見ているうちに、
キスしたくなった。
眠っているものと思っていたのに。
ロロノアは気づいていた。
自分の気持ちばかり先走って、
ロロノアの気持ちが分らない。
映画に行ったり、食事をしたり、
ゼミで遅くなれば、送ってくれる。
私、すっかり付き合っているような気になっていた。
それとも、自分だけ盛り上がっていたの?
私は、風邪が移っても構わなかった。
でも、ロロノアに怒鳴られた。
キスしたことを怒っていたのかもしれない。
あぁ、もう・・・
ずっと頭の中でグルグル想いが巡る。
どういう顔で、ロロノアに会えばいいんだろう。
「ほらっ、たしぎ!」
母の声に、頭を振って動き出した。
年が明ければ、大学院の試験が迫ってくる。
こんな気持ちじゃ、どうしたらいいの!?
はぁ〜〜とため息をつくたしぎを
母が訝しそうに見つめていた。
〈完〉
クリスマスにUPできなかったので、こんな形に。
あ、でも、最初から風邪でデートはキャンセルという設定だったんですよ〜〜!(^^ゞ
YOU達、付き合ってんでしょ!って言いたくなりますけどね。