ふと、目を開けると、
ゾロの腕の中にいるはずのたしぎが消えていた。
手を動かして、布団にいないことを確かめる。
身体を起こすと、寝足りない頭をガリガリと掻く。
まったく、今度はどこ行きやがった。
ようやく、目を開けると
窓際の椅子に腰掛けているたしぎと目が合った。
「ロロノア。」
「・・・なにやってんだよ、そんなとこで。」
オレの隣りで寝るのが、嫌なのかよ!
なんだか、自分ばかり追いかけているようで、腹が立った。
「目が覚めたら、眠れなくなっちゃって・・・」
たしぎは、窓の外に目をやった。
空はまだ暗いが、
月がだいぶ西の空に遠く傾いていた。
「夢みたいで・・・」
たしぎが空を見つめたまま呟く。
なんだか、別の世界に来てしまったんじゃないかって。
現実じゃないみたい。
全てが夢で、突然、何もかも消えたりしないかと。
お前の言いたいことは、よく分かる。
ゾロが側に寄ってきて、たしぎの手を取った。
たしぎの指先に、鈍い痛みが走る。
「!」
驚いて、ゾロを見ると、たしぎの指を噛んでいる。
「夢じゃねぇだろ?」
意地悪そうに笑うと、歯に力を込める。
「痛っ!」
「ほらな。」
ぐいっと引っ張られて、たしぎは崩れるようにゾロの胸に倒れ込んだ。
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ちゃぽん。
湯船に雪が落ちる。
外の露天風呂に二人、一緒に浸かっていた。
空は明るくなりかけている。
「んふっ、ほんとお肌がスベスベになるんですね、このお湯は。」
たしぎは、嬉しそうに腕を撫でる。
ゾロは目を閉じたまま、縁に寄りかかっている。
「・・・あぁ、いい湯だ。」
「あ、起きてたんですね。」
たしぎが、微笑む。
*****
だいぶ陽が高くなってから、二人は宿を後にした。
去り際に、大女将に、
「一緒になってもう長いんだろ。」と言われ、
「あぁ、まあな。」
とゾロは笑って答えていた。
「大事にしてやんな。」
ゾロは手を挙げる。
積もった雪に、太陽の光が反射して眩しい。
目を細めながら、たしぎはゾロの後を歩く。
「素敵な宿でしたね。」
「あぁ。」
「・・・・」
ザッ、ザッ。雪を踏みしめる音が続く。
「また来たいな。」
顔をあげ、たしぎはゾロの背中を見つめる。
「そうですね。」
つと、手を伸ばしてその手に触れる。
黙って握り返す。
その温もりに、嬉しくなる。
そう思ってもいいですよね。
つかの間の晴れ間に、春の兆しを感じた。
また、空は雲に覆われ、雪が降るだろう。
それでも、いつか春は来る。
いつか、きっと。
夢見たっていいじゃないですか。
たしぎは、自分に言い聞かせるように
ゾロの横顔に、微笑んでみせた。
〈完〉