愛しの意地っ張り



「待ちなさい!ロロノア!」

そう言われて、素直に待つ奴がいるか!
と思いつつ、ゾロは走り出した。

後ろから追いかけてくるのは、 海軍大佐のたしぎだ。

まったく、毎度の事とはいえ、飽きないのか?

そして、逃げ出す自分も同じだと気づいて一人笑う。


適当に通りの角を曲がり、ひと気のない方へと進んでいくうち 海岸へ出た。

砂浜が続く入り江が見渡せる。


ゾロは逃げてきたことも忘れ、よっと防波堤から飛び降りた。

毎日見飽きてる海だが、陸地のうえから見る海もなかなか気持ちのいいもんだと思う。

しばらく防波堤に寄りかかり、打ち寄せる波音に耳を傾けていた。



ザザッと足音がして、頭上から声がした。

「見つけましたよ!ロロノア!こんなところに隠れて往生際が悪い!」

振り向くと、時雨を抜いて仁王立ちしているたしぎが防波堤の上から見下ろしていた。



誰も隠れてなんかいねぇよ。


と口を開こうとした途端、太陽の光が遮られ
頭上を影が覆った。

「ロロノア!覚悟!」

ゾロをめがけて、たしぎがふわりと飛び上がった。


光を浴びて、輝く黒髪に目を奪われながら、ゾロは、すっと身をずらした。

ドサァッ!

砂の上に落ちたたしぎの身体が、転がる。

膝を立てて、立ち上がろうとして、ぐっと顔をあげてゾロを睨みつける。



「・・・・」

ゾロは、腕を組んで逃げようともせずに、たしぎの一連の動きを見つめていた。




「卑怯です!そうやって、逃げてばっかり!」

ゾロから目をそらさずに、たしぎが噛み付く勢いで声を荒げる。


「・・・」

じりっとゾロが近づく。

「なっ、なんですか!?やっと勝負する気になったんですか!?」

「・・・それじゃあ、勝負なんか出来ねぇだろ。」

手を伸ばせば、届くところにいるというのに、
たしぎは、砂浜に突き立てた時雨の柄から、両手を離すことが出来ずにいた。

「ほら、手ぇ出せ。」

組んだ腕をほどいて、ゾロが右手をたしぎの前へ伸ばした。


たしぎは、はっとしてその手を見ていたが、ぐっと唇を噛んで、下を向いた。

「・・・嫌です。」


「はぁ?何言ってんだ!このまま、オレが居なくなったら、お前どうすんだ?」

「別に、どうもしません。」

「ったく、この強情っぱり!動けねぇんだろ!?その足!」


たしぎは、うっと唸ったまま、顔を赤くした。



防波堤から飛び降りた際に、柔らかい砂で足を捻ってしまったのだ。

「口だけは、威勢がいいな!」

言葉と裏腹に、そっと、たしぎの手から時雨を外す。

「・・・つっ!」

痛さに、たしぎは思わず顔を歪める。

ゾロは時雨を自分の帯に差し込んで、しゃがんで背中を向けた。

「ほら、おぶされ。」


たしぎは、じっとその背中を見つめたまま、逡巡していた。

ゾロは背を向けたまま、急かすでもなくじっと膝を折っている。


「それとも、この前みたいに、担いでやろうか?」

面白がってる。

「結構です!」

ここまで来ても、まだ強がりと言う自分が嫌になる。


「それに、早く、診てもらったほうがいいぞ。」

ピクンと顔を上げたたしぎの手が、ゾロの肩にゆっくり伸びた。



意地悪なんだか、優しいんだか、わかんないひと・・・



立ち上がったゾロの背中越しに、青い海が見えた。



*****



「このまま、G-5の宿舎まで行って下さい。そこで逮捕します。」

「はぁっ、バカ言ってんじゃねぇよ!」

ゾロが顔を上げて笑う。
柔らかい髪が、ふわりとたしぎの頬に触れる。

「このまま、うちの船に連れってってもいいんだぜ。」

「そ、そんなことさせません!」

「この足でか!?」

この余裕が癪にさわる。

「手だってあります。」

ゾロの肩を掴んでいた手を胸へと廻し、ぎゅっと絡みつくように締め上げた、つもりだった。

「なに、抱きついてんだよ!」

「だっ、抱きついてなんかっ!!!締め上げて、こう、拘束してるんです!」


「はははっ!押し付けてるのかと思った。」

「何をっ?」

「・・・・胸。」



「ばっ、馬鹿言わないで下さい!そっ、そんなっ!」

慌てて廻した手を離し、身体をそらせるものだから、
ゾロは大きくバランスを崩す。

「あ、てめェ、暴れんな!って!」

太腿に廻された腕に力が入り、ゾロの腰にぎゅっと固定されて、
体勢は戻った。


「落っことされたいのかよ!ちゃんと掴まれ!」


なんだかとんでもない状態になってる。

たしぎは、赤くなった顔を、前を向くゾロに気づかれない事に
ホッとしつつ、遠慮がちに肩に手を戻した。



「・・・もう、平気ですから、ここで降ろして下さい。」

うつむいたまま、耳元に響く声に、ゾロはゾクリとした。



「・・・断る。」

無言で歩き続ける。



気がつけば、砂浜を海岸線と平行に進んでいるだけで、
どこまで行っても、街には戻れそうもなかった。

「ど、どこに行くんですか?」

「・・・」

これはゾロに、聞いてはいけない質問だった。


ぷっ。

たしぎは吹き出した。


「な、なんだよ。どっかには着くだろうよ。」


「そ、そうですね。」




無言で進み続けるゾロ。

たしぎは、もう少しだけ、このままでいたいと思った。



「ったく、素直じゃねぇんだから。」

「何、言ってるんですか!もとはと言えば、ロロノアが逃げるから
 いけないんです!」

「はぁ?あんな所から飛び降りたぐれえで、コケるトロいお前のせいだろうが!」

「な、なんですって!」


「あぁ!?文句あるかよ!このトロめがね!」

「あなたに言われたくありません!
 もう、どうするんですか!?私達、迷子になっちゃったじゃないですか!」



砂浜に伸びる二人の影。
波は穏やかで、凪いでいる。

言い争う二人の大声が風にのって、いつまでも響いていた。




〈完〉



susuさんからのリクエスト
「喧嘩している二人(端から見るとただの痴話喧嘩)もちろん両想いの二人で!」
H26.10.13
あとがきとういうほどでもないけど
作品はこっち