宿の部屋に入ってから、
なんだか今日はいつもとたしぎの様子が違うのに気づいた。
じっと考えこんだようにしていたが、
顔をあげると、自分からキスをしてきた。
少し遠慮がちに唇をなぞると、
そっと、ゾロの胸に手を添える。
そのままたしぎに押されるようにベッドに
腰をおろした。
ギシッ。
たしぎが膝をベッドに乗せ、
よつん這いで、顔を近づけてくる。
とまどいながらも、ゾロは後ろに身体をずらして、
ベッドの縁に背中をもたれさせた。
「なんかあったのか?」
たしぎのキスを受けながら、ゾロは口を開く。
一通り、顔中にキスを浴びせたたしぎが
真剣な顔でこう言った。
「今日は、私が上になります。」
何を言い出すのかと、眉を上げたゾロは
思いがけないたしぎの言葉に、小さく息を吐くと身体の力を抜いた。
「わかった、好きにしろ。」
******
事の発端は、先週末の夜だった。
ひさしぶりに顔を出したヒナと一緒に食事に行った。
「んもう、やんなっちゃう。」
酒のグラスが進むにつれ、ヒナが話し出した。
「ひさしぶりだってのに、仕事が忙しいとか言って。」
たしぎは、ヒナに付き合って
グラスを傾けながら、ほろ酔い気分で聞いていた。
「やっと、宿に顔見せたと思ったら、
ろくに話もしないうちに寝ちゃうんだから!」
ヒナの話の相手は、たしぎの上司であるスモーカーだ。
毎日顔をあわせる上司の恋人から
夜の愚痴を聞いてしまっていいのだろうかと
思いながら、あいまいに頷いた。
聞かなかったことにしよう。
自分に言い聞かせると、グラスを空けた。
「でね、いい?たしぎ。」
「はいっ!?」
ボーっとした頭に入ってきたのは
ヒナのこの言葉だった。
「ベッドじゃ、主導権を握ったほうが勝ちよ。
いいようにされちゃダメよ。」
たしぎは、何がどうなのか、よく飲み込めないまま、
ここ数日の上司の機嫌よさを思い出していた。
「わかりました。ヒナさん、勉強になります。」
酔いがまわったたしぎの頭に
素直に恋人関係円満のコツとしてインプットされた。
******
なにを吹き込まれたんだ?
ゾロは、笑い出しそうになるのを
必死にこらえながら、たしぎの様子を眺めていた。
ベッドの背に寄りかかったゾロにまたがったまま、
少し考え込むでいる。
えっと、次は・・・
手を伸ばしてゾロの上着を脱がせ始める。
肩、腕とたしぎの手が撫でるように動く。
ズボンのところで手が止まった。
チラッとゾロを見ると、両腕を後ろに組んで
知らん顔している。
たしぎは、自分の顔が火照るのがわかった。
それでも、何も言わずにズボンのボタンを外すと
ズルズルと引き下げた。
足首まで下ろして、まだ靴をはいたままだったことに
気づく。
引っかかって脱がせられない。
動こうとしないゾロに、やっきになって、
靴紐を解いて、靴とズボンを脱がせた。
肢体を投げ出したゾロを見下ろすと
急にドキドキしてきた。
「寒いな。」
ゾロの一言に、
自分がまだ服を着ていることに戸惑う。
脱がされてばかりだったから、
こんな時はどうしたらいい?
無言の問いかけに答えはなく、
ニヤついた眼差しに
言わんとすることを悟る。
ゾロの視線を浴びながら、
自分でシャツのボタンを外し始めた。
なんでこんなにドキドキするんだろう。
主導権を握るってこういうことなの?
下着姿になるとそっと身体を重ねた。
「・・・いやですか?」
「いいや、面白ぇ。」
いつの間にか、うなじに廻されたゾロの手に
髪の毛を弄ばれながら、
キスを交わした。
fin.
気づけば、「おくのて」の前身かしら