「どうしたんですか?その傷。」

さっきまで、「勝負ですっ!」と挑んできたたしぎは 動きを止め刀を下ろした。
たしぎの視線の先は、ゾロの足首だった。

アラバスタに向かう途中、 リトルガーデンでバロックワークスの奴らと戦った。
ロウで固められた両足を、切り落とそうとしてつけた傷だ。

ためらいもなく切ったものだから相当深かった。
ドラム王国で、仲間になった船医チョッパーが、 こんなんじゃ駄目だと言って、傷を縫ってくれた。
自分では、もう治ったと思って、包帯も外していたから 縫い傷がよく見えたのだろう。

「ああ、これか?そう驚く程の事でもねぇだろ。」

両足首に一直線の刀傷。ロロノアが何もせずに、切られたとは考えにくい。
「自分でつけたんですか?」
そうであって欲しくないと思いつつ尋ねる。
「ん、あぁ。」
それがどうした、という様にゾロが軽く答える。

「最低ですね。」
低い怒りを抑えた声でたしぎが呟く。
「んぁ?」
なんで、お前にそんな事言われなきゃいけない。
ゾロが眉をつり上げる。

「自分を傷つけるために、その刀、差しているんですか。」
「んな訳ねえだろ。」
「そうですよね。自分を傷つける剣士なんて、最低です。」
「なっ、なんなんだよっ!オレの身体だ、お前につべこべ言われる筋合いはねぇ。」

「なっ!自分の身体だから、どうしようと勝手だなんて、思いあがりも甚だしいですね。」
「うるせぇ。」

「自分の命を大事にできない者は、決して強くはなれないと教わりました。
 あなたは・・・あなたは、死にたいんですか?」
たしぎの黒い瞳が、ゾロを捉えて離さない。

「馬鹿言うな。オレは、世界最強になるまで、死ぬつもりはねぇ。」
約束したんだ、あいつと。
ふっとゾロの瞳が揺らぐ。

「とても、死なないつもりの人の仕業とは思えませんね。」
冷たいたしぎの言葉が突き刺さる。
なんで、こうも突っかかるんだ?

たしぎの握った拳が、細く震えているのに気づく。
一体何に怒っている。

怖かった。強い剣士は今まで何人も見てきた。
死をも恐れない勇敢な者達だった。
そして、その多くが海に散っていった。

私は、何を怖がっているの。

「あなたは、私が捕らえますから、それまで・・・・死なないで下さい。」
何を求めようというのか、海賊のこの男に。
言ってしまってから、ぐっと唇を噛む。

ゾロの視線が、たしぎの真っ直ぐな視線とぶつかる。
「・・・オレは死なねぇ。お前にも、捕まらねぇ。」
呻くように呟くと、ゾロはその場から逃げるように立ち去った。

あの瞳に捕らえられそうだった。
真っ直ぐな、一途な黒い瞳が目に焼き付いて離れない。

何故怒る。
自分の足首の傷を見つめる。
そして、胸の傷にそっと触れる。
あいつが、この傷見たら、何て言うんだろ。
くっ、小さく笑う。
オレは、もう二度と負けねぇんだ。
鷹の目を倒す為にも。

だから、死なねえよ。

くっくっと笑いながら、歩を緩める。
おっかねぇ。
傷の一つや二つぐらいで、ガタガタぬかすな。
オレは死なねえから。
立ち止まって、空を見上げる。
もっと、ちゃんと言ってやればよかった。

そしたら、あの眉間の皺も、緩んだんだろうか。
怒ってばっかりだな、あいつ。
初めて会った時の、あの笑顔が目に浮かぶ。

ゆっくりと、船へと戻る道を行く。
風が出てきた。
この先に、何があろうと止まるつもりはない。
進んでいくだけだ。

刀の柄に手を触れる。
こいつらと共に、頂点まで登りつめてやる。

ゾロの瞳は、真っすぐに前だけを見つめていた。



〈完〉


まだ、野望に満ちていた頃のゾロ。怒られてます。(笑)