今宵あなたと


「なんか、変じゃないですか?こんな格好。」
しきりに鏡を見て、気にするたしぎの背中をバンと叩いて
「よく似合ってるわよ。」
と太鼓判を押すのは、ワンショルダーのゴージャスなドレスを
身にまとったヒナだった。


この後、夜7時からの海軍のクリスマスパーティーに
出席する為に、二人で準備をしているところだ。
ここは、リゾートアイランド、世界中から
華やかな雰囲気のこの街に観光客がやって来る。
中世ヨーロッパの舞踏会のような、はたまた、
ハリウッドの華やかなセットのような、そんな雰囲気の場所だ。
街全体にドレスコードがあり、男女とも皆、正装を義務づけられている。
もちろん、武器は持ち込めない。
それは海軍どいえども守らなければならなかった。

いつも腰に差してある時雨が無いとなると
なんだか落ち着きがない。
しかし、それ以上に、身体のラインにピタッと添う
薄い生地のこのドレス。
鎖骨から肩のラインが露わになっている。
もちろん、ヒナの見立てだ。
「ちょっと、私には、大人っぽ過ぎるような・・・」
「何言ってるの、いつも海賊を追い回してるんだから、
 たまには、こういう格好して、おびき寄せるぐらいしなさいよ。」
蛾でも誘うというのか、夏の夜の蛍光灯じゃあるまいし。
ヒナに逆らえる筈もなく、力なくはははと笑うしかなかった。

支度を済ませ、ホテルから会場へ向かう途中、
街のイルミネーションが幻想的に輝き、クリスマスムードを
一層盛り上げていた。
「きれい・・・」
着なれぬドレスに戸惑いながらも、浮かれている自分に気づいた。

パーティーの会場の大きな建物は、海軍だけでなく
いろいろな催しが開かれていた。
ヒナが言うには、今日は街全体がパーティーのようなものだから、
そのうち、一緒くたになってしまうらしい。

入口付近で立っていると、スモーカーの姿が見えた。
「遅い!」ヒナが怒ったように声をかける。
「ったく、先に入ってろよ。」
葉巻を口に加えながら、やって来たスモーカーはネクタイは
緩めているのものの、見慣れぬタキシード姿だ。
後ろからは、部下達がゾロゾロと付いて来ていた。
「スモーカーさん、置いて行かないで下さいよ。」
いつもは制服姿の部下たちも、スーツに身を包み、
なんだか、緊張しているようだ。
私も、人のことは言えないけれど。
スモーカーはたしぎを見ると、葉巻を咥えたまま、
「今日は揺動作戦か?」と笑う。
「だから、何をおびき寄せるって言うんですか?」
赤くなりながらも、後ろに続く。

スモーカーはヒナの横に立つと、腕を差し出す。
「もう。」
少し膨れながらも、手を添えるヒナ。
「ちゃんとエスコートしてよね。」
「ったく、人をこき使いやがって、しょうがねぇな。」
そう言いながらも、スモーカーは、ヒナの姿に目を細めている。
また、この二人に当てられた。
並んで立つと、結構、似合ってしまうのが不思議だ。

部下たちと共に、ぞろぞろと、二人の後にくっついて会場に入っていった。
簡単な挨拶が終わると、一斉に賑わい始めた。
一画では、生バンドが演奏を始めた。

たしぎ達は、立食のビュッフェでお腹を満たすと
あちこちで、披露されるマジックやパフォーマンスを
眺めながら過ごした。

見慣れぬ顔も大勢いる。
ヒナが言っていたように、いろいろな催しがもう混ざり合っているようだ。
外からも、どんどんドレスアップした人達々がやって来ている。


大きなフロアが薄暗くなり、音楽がムードある曲調に変わった。
気が付けば、周りはカップルばかりで、
さっきまで、音楽に合わせて身体を揺らしていたのが、
ピタッと寄り添い、抱き合うように踊っている。

たしぎは、その場から離れるように壁際に移動した。
ウエィターが運んできた飲み物を手に取る。

一口、飲む。口当たりのよい甘いカクテルだった。

フロアではヒナとスモーカーが踊っているのが見える。
ヒナをエスコートする姿といい、何気に踊っている姿といい、
決める時にはビシッと決める上官が意外だった。
そして、何かと注文をつけても、
それに応えてくれる恋人を持つヒナを羨ましく思った。


「一緒に踊りませんか?」
急に声を掛けられ、驚いて、声がした方向を見ると
赤い髪をした長身のスラッとした男の人が目の前に立っている。
「わ、私ですか?」
自分に言っているのかどうか、自分の顔を指さして、聞く。
「そう、あなた。」
優しそうな笑顔で、ニッコリと答える。

首を激しく左右に振って、即座に断る。
「無理です。私、踊れませんから。」

「そう、残念だなぁ。」
そう残念そうでもなく、サラっと男はたしぎの前から
離れていった。

ふぅ、っと一息つくと、顔が火照っているのが分かった。
やだ、少し酔ったみたい。
顔をパタパタと手のひらで扇ぐと、
「大丈夫?」
とまた声がする。

今度は、ガッチリとした短髪の男が脇に来て、話しかけてきた。
「あ、大丈夫です。なんだか、飲みすぎたみたいで。」
「何処か、涼しい所に行く?」
「あ、平気です。えっと、失礼します。」
はは、と笑いながら壁に沿ってその場を離れた。

人の居なそうな所を目指して、キョロキョロと移動していく。
落ち着いた雰囲気の、薄暗い照明の場所は、
どうやらバーのようだった。
カウンターの前に佇んだものの、奥のテーブルにはカップルばかり座っている。
なんだか、場違いな所に来てしまったようだと、
出ていこうと思った途端、後ろから背中を押された。
そのまま、カウンターの席に座るような格好で尻もちをつく。
何が起こったのか分からずに、そのまま隣りの席に着いた人影を見上げた。

「酒、何でもいい。あと、こいつには軽い奴。」
聞き覚えのある声。
それでも、何かの間違いだろうと、抗議の声を上げる。
「な、何するんですか!」

黒いパンツに白いYシャツとベスト、大きく緩めたネクタイの男は
立ち上がろうとしたたしぎをジロっと睨みつける。

見覚えのある緑の髪。
隣の男は、まぎれもなく、ロロノア・ゾロだった。
何故、ここに?
普段とはかけ離れた出で立ちに、疑問が山のように湧き上がる。

パクパクと動かすたしぎの口からは、何も声が出てこなかった。

カウンターにすっと出されたグラスを手に取ると、
ゾロは旨そうに喉を鳴らした。カミカゼか。
たしぎの前に置かれたグラスを指し、座れと促す。
黙って、前を向いたまま腰を降ろすと、一気に冷たいオレンジジュースを飲み干した。
ふうっと大きく息を吐き出すと、隣でゾロが可笑しそうに笑った。

「なんで、ここに居るんですか?」
「酒、飲みに来ただけだ。」

「その格好・・・」
「この格好じゃなきゃ、酒飲めねぇんだろ?此処は。」
ドレスコードがあったことを、たしぎは思い出した。
ゾロの腰には、刀が見当たらない。
「そんな服、持ってたんですね。」
「あ?あぁ、たまたま、ちょいと前にしつらえた。」

せっかく用意した正装があるんだから、とナミがこの島で
クリスマスを楽しもうと言い出したのは、つい先日の事だった。
ここでは、海軍も武器を持ち込めないから、見つかっても手は出してこないだろうと。
言い出したナミだけは、喜々としてドレスを新調していたが。
さっきまで、麦わらの仲間と賑やかに飲んでいた。
通りすがりに盛り上がっているこの会場を覗いてみたら、
壁に突っ立っているたしぎを見つけた。

「似合ってます。」
思いがけない褒め言葉に、ゾロはたしぎをまじまじと見つめる。
「そんな、格好でいると、案外、格好良く見えます・・・」
ゾロの方を見ようとせずに、前を見たまま小さな声で呟く。

「お前だって・・・」
その次が言えずに、たしぎの横顔を見つめる。
首筋から肩のラインが、ライトに白く浮かび上がっている。

「そんな格好で、ボケっとしてるから、
 色んな奴に声、掛けられるんだ。」
素直な褒め言葉は、思い浮かばない。
え?という顔でたしぎがゾロの顔を見つめる。
「なんで、知ってるんですか?って、見てたんですか?」

「・・・あぁ・・・」
見てた。ずっとな。
お前の姿を見つけてから、ずっと目が離せなかった。
色んな奴に誘われるだけ誘われて、ついて行かないお前をな。

照れくさくなって、少しはにかむように笑うゾロの横顔を
たしぎは、じっと見つめている。

ふふふ。たしぎは不意に笑い出した。
「誘ってくれれば、一緒に踊ったのに。」

馬鹿言うな、出来るか!
大胆な一言に、戸惑う。

「ロロノア、ちゃんとエスコートして下さいね。」
とろけるような笑顔を向けられ、ゾロは余裕を無くす。
一体、どうしたっていうんだ。
助けを求めるように、バーテンに視線を送ると
首を少し傾げ、ウォッカとオレンジジュースの瓶を掲げて見せた。

スクリュー・ドライバー!

気を効かせたのか、バーテンダーがたしぎに出したのは
レディーキラーの異名を持つ、口当たりの良いカクテルだった。

よく見ればたしぎの頬は、ほんのり赤く染まっている。



「あの、どうですか?このドレス・・・」
すっと、鎖骨の辺りに手を添えて、ゾロを見る。

その仕草に、はからずも鼓動が速くなる。
「ん、あぁ・・・に、似合ってる・・・」
「ほんとうですか?」
少し微笑むたしぎから、完全に目が離せなくなってしまった。

ゾロは、ペチンと自分の額を叩くと、立ち上がる。
「行くぞ。」

「どこ、行くんですか?」
「いいから・・・」
そっぽを向きながらも、無言で腕を差し出す。

たしぎの白い腕が廻される。
シャツ越しにぬくもりが伝わってくる。


「お気をつけて。」
声を掛けるバーテンダーが、ゾロにウィンクをする。


「ロロノア、メリークリスマス。」
「あぁ。」


今宵、あなたと踊りたい。
そんな夢を描いた夜は賑やかに更けていった。



〈完〉



一応、クリスマスとう事で、ドレスアップさせたくなったちゃいました。
この後、踊るんでしょうかねぇ?
きっと、二人とも、足踏んづけたり、ぶつかったり、散々だろうな・・・ぐふふ、それもまた楽し。