ミカンとチョコと坂道と


その小さい島は、海岸線にへばりつくように街並みが続いていた。
急に高くなる山肌に、みかんの段々畑が、船からもよく見えた。

船を降りると、 街のあちこちに蜜柑や、いよかんや、オレンジや、かんきつ系の果物が並んでいて、
その香りに溢れて、街はみずみずしく、活気があった。

麦わらの一味は、船を着けると、二手に分かれて上陸した。
サンジとウソップ、食料と船の木材を調達に、 ナミとルフィとゾロは、街を散策に出かけた。
チョッパーとロビンは留守番。

「この島中、ナミのにおいがするな。」ルフィが鼻をくんくんさせて言う。
「ほんと、ミカンがこんなに、たくさん!」ナミも嬉しそうに大きく伸びをして、息を吸い込む。
「いや。ナミは太陽のにおいだ。」ルフィが真面目な顔で答える。
「なに、言ってんのよ。」ナミは、顔を赤くしながら、そっぽを向く。
そんなやりとりを、後ろで見ながら、ついていくゾロ。

「なに、はしゃいでんだよ。」
「だって、こんなにミカンがあって、嬉しいんだもん。
いっぱい買っちゃった。石鹸も、すっごいいい香り。 あ、シャンプーもあるんだ。」
嬉々として、買物をするナミに、ゾロとルフィは、文句も言わず付き合っていた。

ナミの故郷、ココヤシ村には、ミカンがたくさんなっていた。
船にも、ミカンの木が植えてある。もちろん、ナミが持ち込んだものだ。
あのミカンの木は、ナミの心のより所だ。

「あ、ミカンアイスだって、ルフィ、食べてく?」
「おうっ。食うぞ。」
二人で、店に入っていくのを見ながら、ゾロは店の外で待っていた。
いつも、しっかりしてるけど、自分より二つも年下なんだということに、改めて気づく。
ルフィに対しては、年上の気持ちでいるのかお目付役みたいな、立場になっているし、 こんな無邪気に楽しんでいるナミを見るのは、なんだかホッとする。

ココヤシ村で、あいつの涙を見た。
あの時まで、一人っきりで闘ってきたナミ。
あいつを、二度とあんな風に泣かせたくはない。
誰も口に出して言った訳ではないが、オレ達の想いは一つだった。

両手いっぱいに、アイスだのジュースだの抱えて店から出てきた二人。
「ほら、チョッパーにミカン味のわたあめ。」
楽しそうだ。

「なんだ?買いすぎじゃねえのか。」

「大丈夫、オレ、全部喰うから!」
「大丈夫、ゾロの酒代、カットするから。」

「うぉいっ!」ゾロの抗議もむなしく、二人笑いあっている。

まあ、いいか。
なんとなく微笑ましい想いで、歩き始める。

「晩飯まで、戻ればいいんだろ。お前ら、先行ってろ。」
「ん?わかった。」アイスをほおばりながら、ルフィが返事する。
「ちゃんと帰りつくんでしょうね。」疑わしげな視線を投げかけながらも、ナミが笑う。
二人、海岸の方へ歩きだすのを見届けて、ゾロは反対の山の方へ向かう。
坂道を登れば、景色のいいところに出られるだろう。



*******


ロロノアを見かけたのは、昼下がりだった。
麦わらのルフィと航海士のナミ。三人で楽しげに話していた。

たしぎの乗った船が港に着いたのは昨日。
今日は朝から、物資の調達で部下を連れて歩きまわっていた。
「少尉、少し休んでいきませんか?」 そう言われて、近くのオープンカフェでお茶を飲んだ。
オレンジティ、さわやかな香りが、ゆっくりとした気分にしてくれた。
カフェに併設しているお菓子屋で、おいしそうなチョコレートを買った。


そんな時に見かけた三人。
疲れもあったのだろうか、座ったままたしぎは動けずにいた。
いつもなら、駈け出して、ロロノアを追うのに。



********


ゾロは、坂道を登り、見晴らしの良い東屋にたどり着いた。
そこからは、眼下に街全体を見渡せて、目の前には青い海が広がっている。
風もさわやかで、ほのかにミカンの香りが気持ちよかった。

太陽が傾き、島全体が蜜柑色に染まっていく。

ゆっくりと、漂うように空気に身をまかせる。
ガキの頃は、よく夕焼けになると、稽古を止めてこんな風に眺めていたっけ。
暖かな時間。
ナミが太陽の香りだとは、ルフィもよく言ったもんだ。ぴったりだな。
ふと、目を開けると東の空に昇りかけの月が白くひっそりと姿を現していた。
今夜は、半月か。

ざっ、ざっ、と人が登ってくる気配がする。
音の方向に目をやると、黒い髪が現れた。
この夕焼けにも染まらない、漆黒の艶。
たしぎだった。

坂道を上がってきて、少し息が荒い。
ゾロを認めると、しばらく何も言えずに立ち止まっていた。

「なっ、なんで、こんな所にロロノアがいるんですかっ?」
「それは、こっちの台詞だろ。」
「わ、私は、景色を眺めようと、思って・・・」
「オレも同じだ。」

そのまま、たしぎなど居ないかのように、海に目をやる。
どうしていいか、わからず、たしぎは、そのまま少し離れた場所に腰を下ろした。
夕日は、ほとんど海に姿を消し、空だけが最後の輝きを惜しむように、 赤く染まっていた。

たしぎの目には鮮やかな夕ばえは映っていなかった。
今日の午後に、見かけた情景が目に浮かぶ。
ロロノアは、海賊で、私は海軍。
変えることのできない、この現実。
二人の距離は、永遠に縮まらないような気がした。

半月がやっと、白い輝きを発する頃、ゾロが声を掛ける。
「寒くねえか?」

はっとするたしぎは、思わず口に出していた。
「な、何で、ロロノアに心配されなきゃいけないんですか?」
「?」
「 一度、抱いたからって、全て思い通りになるなんて、思わないでください!
どうせ、同情だったんでしょう。」

一瞬、ゾロが苦しそうな顔をしたように見えた。
たしぎは、心とはウラハラの言葉を、どうすることも出来なかった。
それ以上、ゾロを見ていることができずに、背を向け、 逃げるように坂道を駆け下りていく。

港に近づくにつれ、たしぎの歩みは遅くなる。
ロロノアが、あんな顔するなんて。
刀傷一つ負わせられないというのに。
ひどい女ですね。

立ち止まる。見上げれば、半分欠けた月が 柔らかい光を落してくれていた。

ロロノアに会わないと。
たしぎは、踵を返すと、今来た道を戻りだす。
もう、いないかもしれない。
でも、こんな気持ちのままじゃ、きっと後悔する。



〈続〉