離れたくない・・・
飲み込んだ言葉の代わりに、指先を伸ばす。
「じゃあな。」
歩きだしたゾロの背中が少しずつ小さくなっていく。
ロロノアは、振り返ることなどないんでしょうね。
伸ばした指先は、何もつかめずに、握り締められる。
たしぎは、小さく笑い、俯いたまま後ろを向いた。
自分の戻るべき場所へと、
その一歩が踏み出せずにいた。
「たしぎ。」
急に声がして、驚いて振り返る。
行ったはずのゾロが目の前に立っている。
「ロ、ロロノア・・・」
どうして。
「忘れものだ。」
そう言ったかと思うと、ギュッと正面からたしぎを抱きしめた。
「ひ、ひとに見られます!」
まだ薄暗い夜明けとはいえ、家の中、人々が動き出す気配がする。
有無を言わさず、ゾロはたしぎの顔を両手で抱えて上に向かせると、
息をするのも忘れるような熱い口づけを落とす。
そのまま、狼狽えるたしぎを、もう一度抱きしめると、耳元でささやく。
「このまま、さらっていっていいか?」
ゾロの胸に顔を埋めたたしぎが、すがるように袖をぎゅっと掴む。
何もいらない。
この瞬間があればいい。
ゆっくりと満たされる想い。
心もとなかった足に力が入る。
どれくらい、そうしていただろう。
ひと目も何も気にならなくなっていた。
頬をすり寄せるように首を振ると、たしぎが、ささやく。
「だめです。」
「だめか?しょうがねぇな。」
顔を上げれば、ゾロが笑いながらたしぎの瞳を覗き込む。
ゾロの唇に軽くキスをすると、そっと腕を解いた。
微笑みながら、ゆっくりと後ずさる。
「じゃあ、また。」
「ああ。」
ゾロが頷くのを見て、
たしぎは、回れ右をして歩き出した。
立ち去るたしぎを眺めながら、ゾロは腕を組む。
見送る方が、切ねぇんだろ。
わかってる。
あのまま、宿で眠ってる振りをしていればよかったな。
眠っていたくないと言うたしぎと部屋を出て、
夜明けまで海辺を歩いた。
離れたくねぇのは、同じだろ。
伝わるたしぎの気持ちに、気付かない振りをして別れたものの、
後ろ髪を引かれた。
ならば、オレが見届ける。
たしぎは何度も振り返りながら、宿舎の門へと消えていった。
すっかり高くなった朝日を浴びながら、ゆっくりとゾロが歩き出す。
何も考えずに眠りたい。
さっきまで腕の中にあった、あの温もりを思い出しながら。
〈完〉
いつからか、こんなに離れ難くなってしまったのだろう。