欲しくてたまらなかったんです・・・
抱いて・・・下さい・・・
たしぎの声と共に、やわらかさに包まれる。
******
ガコンッ!!!
「いってぇ〜〜〜。」
のけぞった拍子に、後頭部を思い切りマストにぶつけた。
手で、さすりながら、ゾロは目を開ける。
何だ?今のは。ゆ、夢か?!
やけにリアルな感覚に、心臓が早鐘のように打っている。
周りを見回して、この有様を誰にも気づかれなかったことに
ほっと胸をなでおろす。
ガラにもねぇ。うろたえちまった・・・
鼻の頭の汗をぬぐうと、座り直して、再び目を閉じた。
*****
「ロロノア!」
上陸した島で、ばったりとあいつと出くわした。
いつものように、やったとばかりに、挑んでくるかと思えば、
なんだかバツの悪そうな顔をして、困ったような顔をする。
「なっ、なんですか!いきなり。」
「あ?大体、そうだろう、お前と出くわす時なんか。」
走って来たのだろうか、息が荒く、焦っているみたいだ。
ドキン。
夢の中で聞いた声が耳元で甦る。
たしぎが口を開く前に、なんか言わないと。
狼狽えた素振りは、見せないように、余裕ぶる。
「なんだ、勝負すんのか?」
ぐっと、唇を噛んで、時雨に手をかけたたしぎだったが、
どうも、歯切れが悪い。
いつまでたっても抜こうとしない。
時は、夕暮れ。
少しずつ、空が色を濃くして、街灯がともり始める。
ばっと顔を上げたたしぎが、切羽詰まったように言いだした。
「今日は、どうしても行かなきゃいけない所があって・・・
ざ、残念ですが、見逃すことにします。勝負は、また今度です。」
おい、見逃すだの、また今度だの、オレの台詞だろ。
と、思いつつ、オレの返事を待たずに、駆けだしたたしぎの後姿を見送った。
なんだよ。
そのまま、船に戻ろうかとも考えたが、自然とたしぎの後を追っていた。
あいつの目的の場所は街中だった。
角を曲がったら、ちょうど、店のドアベルの音がして、中に入るたしぎの姿が見えた。
武器屋か?
お宝の刀でも見つけたのか?
ゆっくり近づくと、たしぎの入った店のショーウィンドーが見えた。
特にディスプレイしたような様子はなかったが、
こまごまとした小物が並べられていた。
空の小さな椅子がポツンと置かれているのが目についた。
ゾロには、何の店かさっぱり分からなかった。
なんだ、この店は?
あいつ、ここに入ってったよな?
店の奥、たしぎの姿は見ることができなかった。
ウィンドーにべったり張り付いて中を覗いている自分に気づき、
ゾロは慌てて一歩、二歩と後ろに下がった。
かと言って、そのまま立ち去り難く、街灯に身を隠すように
寄りかかると、たしぎが出てくるのを待つことにした。
何で、こんな事、オレが・・・
変な夢のせいか?
空には、星が瞬き始めた。
カラン。
ベルの音に顔を上げれば、たしぎが店から出てくるところだった。
「ありがとうございました。すいません、閉店間際に、押しかけちゃって。」
店主が店の外まで、見送ってくれた。
そのまま、閉店するのだろうか、戸締りを始める。
たしぎは、腕に大きな袋を抱え、ゾロに気づかずに、
来た道を帰っていく。
横を通り過ぎた顔が、嬉しそうだった。
気づかれても構わないと、たしぎの少し後ろから身を隠す訳でもなく
歩いていく。
「うふふ・・・よかったぁ。」
たしぎは、一向にゾロに気付くことなく一人、ブツブツ言っている。
街の広場に差し掛かり、ゾロが声をかけた。
「おい、何やってんだ、お前。」
えっ!?
驚いた表情で、たしぎが振り返る。
「ロ、ロロノア、なんで居るんですか!?
こんな所に!!!」
思い切り、うろたえている。
「バカ、さっきから、ずっと後ろに居たんだ。
お前、全然気づかねぇの。ほんっと、トロいな。隙だらけだ。」
「なっ、なっ!人の後ろをコソコソと!」
「海賊を平気で見逃して、任務放棄だろっ!」
「あなたが言うことですかっ!
いいんです、今日は非番なんですから。」
「なんだよ、行かなきゃいけない所っていうから
どうせ、刀屋でも行ったのかと思えば・・・」
「み、見てたんですか?」
たしぎが、顔を赤くして、言い訳のように話し始めた。
「三日前、上陸した時に、あの店の窓際に飾ってあるの見てから、
ずっと迷ってたんです。
もう、明日は出航だし・・・
船室には、大きすぎるかなって・・・
でも、どうしても・・・あきらめきれなくて。」
「でも、よかったぁ。」
急にたしぎの顔が崩れる。
「見ます?」
フニャ〜と笑って袋から取り出したのは
大きなクマのぬいぐるみだった。
「ほら〜〜〜。この顔、この手触り!」
かかえるように抱きしめると、頬ずりして撫でまくる。
呆れた顔で、たしぎを見ているゾロに満面の笑を向け
クマを差し出す。
「これ、ずっと欲しくてたまらなかったんです。
この、手触り!ロロノア! 抱いて・・・触ってみて、下さい!」
ふわりと包まれた柔らかさは、確かに気持ちよかった。
こ、これか・・・・
「ね!ねっ!気持ちいいでしょ。ロロノア!」
子供のようにはしゃぎながら、ゾロがかかえたクマを撫でる。
「よかったぁ。思い切って。」
何だよ!
オレが夢で見たのは、このことだったのか・・・
たしぎの浮かれぶりとは逆に、ゾロは釈然としない面持ちで、
たしぎが押し付けたクマを抱えていた。
その顔を見て、
「もう、ロロノアには、この気持ちよさ、わかんないですか?」
少しすねたようにクマを取り戻そうとたしぎが手を伸ばす。
その手をガシッと掴んで引き寄せると、
クマを間に挟むように抱きしめる。
「こっちの方が、気持ちいいだろ。」
「なっ、ロ、ロロノア!く、くるしぃ・・・」
クマに顔をうずめながら、たしぎがじたばたもがく。
ふんっ!
まぎらわしいこと言いやがって。
ゾロの胸中、おさまりがつかない。
「お前、明日まで非番だって言ってたな。
こいつ抱いて寝んのと、どっちが気持ちいいか、
試してみろよ。」
「なっ、何言ってるんですかっ!そういう意味じゃなくて。」
は?どういう意味だって言うんだよ。
「もう。」
「どうせ、一人で寂しいって、このクマ抱いて寝んだろ!」
ゾロがぱっと手を離すと、たしぎはよろけながら後ろに下がる。
「このクマ抱くなら、オレを抱けよ。」
「だからっ、そういう意味じゃなくて・・・」
「・・・・」
たしぎは、だんだん真っ赤になって下を向く。
「ほんとに、なに・・・言ってるんですか・・・いきなり・・・」
もごもごと、つぶやきながら、
抱えたクマを噛みつきそうな勢いでもふもふしているゾロを
上目づかいで見つめる。
「・・・わかりました。じゃあ、こっちにします。」
下を向きながら、クマを脇にかかえたゾロの袖をそっと掴んだ。
〈完〉
『おまけ』
もう、行かなきゃ。
身支度を済ませ、ベッドの傍らに立つたしぎ。
ベッドには、気持ちよさそうに、ロロノアが
寝息をたてている。
思い切り、クマのぬいぐるみを枕にして。
うふふ、気持ちよさそうに寝てますね。
って、これ、私のですよっ!
言ったところで、この男は起きることはない。
もう!
ぐっと、クマを引っぱる。
んあっ!
ごろんと、寝返った拍子に、見事にベッドからころげ落ちる。
「いってぇ〜〜〜!」
頭を押さえて起き上がろうとするゾロを
そのままに、たしぎは、部屋を出る。
「そんなに、気に入ったなら、今度、送ってあげますっ!」
たしぎは、笑いながら船へと戻った。
後日、ゾロのもとへ、大きな荷物が・・・
〈おわり〉
ぬいぐるみにヤキモチをやくゾロ。
とんでもない殺し文句、口走ってましたね。(^^ゞ
susuさん宅の「抱いちまってもいいのか」へのオマージュです。
『おまけ』に
susuさんが素敵イラストを Special Thanks!!!