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だいじょうぶか?の意味を込めて、
オレの前に廻されたたしぎの手の甲を
ぽんぽんと叩く。
それに答えるように、指先に力が入るのが分かった。
もう夜中の12時をまわっただろう。
すれ違う車も、めっきり少なくなった。
*****
夏、真っ盛りの日曜日、伊豆の海に、たしぎをバイクの後ろに乗せて出かけた。
海水浴場なんて、普段行かないけれど
浮き輪につかまり、波に揺られたり、やきそばを頬張るたしぎを
見てると、連れてきてよかったと思った。
アクアブルーに細かい花柄の水着。
たぶん、ビキニ。
上に白いパーカーを羽織り、カーキ色のショートパンツを履いている。
海にもそのまま入っていた。
なんでも、水着の上に着るのが今どきらしい。
「だって、恥ずかしいじゃないですか。」
パーカーの開いた胸元からのぞく、胸の方が、よっぽど気になるけどな。
「はぁ〜〜、楽しいね、ロロノア!」
浜辺に座って、かき氷を手に、たしぎが空を仰ぐ。
「そうか?」
素っ気なく答える。
「え〜?楽しくないんですか?
ロロノアだって、笑ってるじゃないですか!」
「別に。」
バレバレなのが、照れくさくて顔を背ける。
「もうっ、正直に言いなさい!えいっ!」
たしぎは、食べてたかき氷を、スプーンでゾロの顔に飛ばす。
「冷てっ!何すんだ、こいつ!」
お返しに、自分の氷を手でつかんで、たしぎに投げつける。
「あ〜〜、冷たいっ!!!中に入った〜〜〜!!!」
ちょうど胸の谷間に溶け落ちたかき氷に、あたふたしているたしぎを見て
思いきり笑う。
ゾロは、想像以上にはしゃいでいる自分に気づいた。
夕方になってから、ようやく腰を上げた。
この時間が、終わってしまうのが名残惜しかった。
それでも、まだ一緒にいられることが
分かっていたから、けだるい身体さえも心地よかった。
「泊まりでもいいよ。」
というたしぎの言葉に舞い上がったのは昨日のこと。
二人とも、月曜日には何も予定がなく、
ゾロは、どこか海の近くの宿を取って、一晩過ごそうかと考えていた。
民宿というより、お洒落なホテルかなんかで、
ペンションなんてもいいか・・・
普段、宿をとることもない学生にとって、
夏休み真っただ中の休日に、空き部屋のあるホテルを
探すことが、どんなに大変か、予想できる訳がない。
片っ端から、電話をかけてみても
空室のあるホテルは見つからず、
あったとしても、目が飛び出るほど高く、
海の近くでお泊りは断念せざるを得なかった。
「なんか、おいしいもの食べよっか?」
首尾よく宿を手配できなかったゾロを、責めるでもなく
たしぎは優しかった。
「ごめんね、突然、言い出したから。」
「いや、オレが来る前に、ちゃんと探しておけば・・・」
「そんなの、わたしだって。」
二人、顔を見合わせて、笑いあった。
海が見渡せるカジュアルなレストランで、
少し奮発して、ディナーを楽しんだ。
「おいしかったね。」
「あぁ。」
人気のなくなった砂浜を、手を繋いで歩いた。
バイクに乗る時の、いつものジーンズに、長めのキャミソール。
水着の時より、肩が艶めかしい。
「やっぱり、日焼けしちゃった。」
首筋に手をやる。
「痛いか?」
「ん、少しヒリヒリする。」
傾けた首に、吸い寄せられるように唇を重ねた。
動かなくなったたしぎを包み込むように抱きしめた。
日は沈んでも、身体の火照りはおさまりそうもない。
「今日、ロロノアのとこ泊まってもいい?」
腕の中で、たしぎが尋ねる。
「・・・あぁ。」
ふっとたしぎの力が抜けた気がした。
「せっかく、お泊りの準備したからね、もったいないじゃん。」
言い訳をするように、オレの腕からするりと抜け出すと、
えへへと笑いながら、走り出した。
と思ったら、目の前ですっ転びやがった。
「なにやってんだ、おめーは!」
吹き出しながらも、嬉しさが込みあげて来て
たしぎの腕を引っ張って起こすふりをして、途中で力を抜く。
案の定、たしぎは、もう一度、尻もちをつく。
「きゃっ!も〜〜〜、ロロノアッ!」
怒って追いかけてくる様も、愛おしくて、わざとつかまると
また抱きしめた。
波の音の中、静かにキスを交わした。
*****
遠くの浜辺で、花火をしているのが見える。
黙って、暫く眺めていたが、
名残を惜しむように、バイクにまたがった。
「じゃ、そろそろ行くか。」
夏の日曜の夜、帰りの道は、行楽帰りの車でひどい渋滞だった。
たしぎを後ろに乗せ、無理なすり抜けも出来ず、排気ガスを
浴びながら、ノロノロと進む車の後ろを進んで行った。
「大丈夫か?疲れただろ。」
途中、休憩で立ち寄ったコンビニでの、たしぎは
「平気。」と笑いながらも、昼間の疲れが顔に出ていた。
ゾロは、自分の頼りなさを後悔した。
無理させて・・・情けねぇな。
町外れの国道沿いに、時折通り過ぎるネオン。
『VACANCY』のサインに、ハンドルを切る勇気もなく、
恨めし気にアクセルを廻した。
〈続〉