お茶をどうぞ


追えなかった。

身体から力が抜けて、椅子に沈み込むように座りこむ。

ふらりと入ったカフェ。一番端の人目につかないテーブルを選んで、腰を下ろした。
いつもは、すぐに動き出せるようにと、通りを見渡せる場所に座るのだが、
今日は、もう、何も見たくなかった。

非番のたしぎは、一人で街に出ていた。
もちろん、いつ何時、海賊に出くわしてもいいように、時雨を携えて。

久しぶりの休日、しばらく街を散策していた。
普段、男の海兵達に囲まれ、女っ気が乏しいが、ウインドゥショッピングは楽しい。
洋服や、雑貨、今の流行りを眺めるのは、嫌いでない。
しかし、最後には、やはり武器屋へと足が向かう。

ひと通り、店内をチェックして、骨董品から掘り出し物がないかを、確かめる。
ガラスケースに、大事に保管されている良物を、店主に、海賊には売らないようにと、 一言頼んで、店を出る。

行く先には、酒場の看板が見える。昼間から客もそこそこ入っているようだ。
ドアが開き、見間違いようのない緑色の髪の男が出てくる。
男は周囲を気にするでもなく、雑踏の中に消えていった。

身体が動かなかった。
声も出せずに、その場から離れた。

海軍失格ですね。
海賊なら他にもたくさんいる。ロロノアに言われた言葉が蘇る。
そうですね。
納得してしまう自分が情けない。


******


頼んだコーヒーを運んでくるウェイターの姿が視界の端に入る。
うつむいたまま、テーブルを眺めている。

目の前に置かれたのは、ケーキがのった皿だった。
「わ、わたし、頼んでません。」
あわてて顔を上げると、そこに立っていたのは、麦わらの一味、サンジだった。
アラバスタで見たことがあった黒いスーツの男。
トレイを持つ姿は、何の違和感もない。
何故、ここに。
あわてて立ちあがろうとするたしぎを、手で制し、そのまま座るように促す。
「ここのロールケーキは、一度食べてみたかったんだ。評判だから、一緒にいかが?」
二人分のケーキの皿を並べ、銀のコーヒーポットから、白いカップにコーヒーを注ぐ。
流れるように、たしぎの前にカップ、砂糖とミルクが並べられた。
自分のカップを置いて、たしぎの目の前に座る。

「さあ、召し上がれ。」にっこり微笑む。

「あ、あの・・・あなたは、麦わらの・・・海賊で。
 わたしは・・・海軍なんで・・・。こんな風に・・・。」

「いいから、いいから。・・・だって、さっき、うちの剣士、見逃したでしょ。
 だったら、俺も。ねっ、今日は、いいでしょ。」
たしぎは、何も言えなくなってしまう。
反論する気もなくなり、おとなしく椅子に座り直す。
「さ、食べよう。ん〜〜〜、おいしそうだぁ。」
目の前で、パクつくサンジの姿に、たしぎもつられて、白いロールケーキをひと切れ、口に入れる。
「ん。おいし。」思わず、言ってしまう。

その様子を、眺めてサンジは、嬉しそうに、
「でしょ。間違いないね。・・・はあぁ、まったく、あなたみたいな素直な人、  ほんと、もったいない。あの、クソマリモには。」
サンジの言葉に、顔が曇る。

「スリラーバーグで何があったか、聞いてる?」
サンジの問いかけに、たしぎは黙って首を横に振る。
「ま、話す訳ないか・・・あなたと何があったかは、知らないけど。あいつ、言葉足りないから。」
なにか答えをくれるの?そんな想いで、じっとサンジを見つめる。
サンジは、その瞳をすまなさそうに見つめ返す。
「ほんとに、あいつは、何やってんだか。あなたに、そんな顔させるなんて、ふてえ野郎だ。」
たしぎは、恥ずかしくなり、再びうつむいてしまう。
サンジは優しく、話し出す。
「包帯巻いてたでしょ?バーソロミューくまにやられた傷。
 あいつさぁ、俺ら、船長のルフィ含め、一味全員助ける為、自分ひとり身代りにって。  くそ頑丈だから、生きてっけどね。」

「わかるでしょ?あいつの考えそうなこと。」

「いつでも死ぬ覚悟はできている。惚れた女に悲しい思いをさせる訳にはいかねぇ。とか何とか  考えちゃったんじゃないのかなぁ。」
いつの間にか火をつけた煙草の煙をを、ふうっと軽く吐き出す。

そんな・・・
たしぎは、交わした言葉を思い出す。


 私が、捕まえるまで、死なないでくださいね。
 死なねェよ、オレは。

あれは何時の事だったろうか。

「あいつ、約束だけは守ろうとするから、馬鹿みてぇに。」

重い。その言葉が、胸に沈む。
やりきれない想いの視線が、サンジを責める。
悲しそうな顔を見せるサンジ。

「忘れてしまった方が、あなたの為だと、思うよ。」
言葉が出てこない。

「・・・そういう訳には、いかない・・・よね。くっくっ・・・
 安心して。決してあなたを嫌いになった訳じゃないから。  あいつなりの、思いやり。」
 
上目づかいに、たしぎを見上げる。
「馬鹿でしょ。」

「ほんとですね。」
たしぎは、フォークを手に取る。またケーキを一口食べ、にっこり笑う。
「ほんと、美味しい。」

「あなたみたいに、やさしかったら、よかったのに・・・」
ふふっ。言ってみただけ。

「無理。あいつ、脳みそ筋肉だから。」
わかってる。

「どうせなら、俺に乗り換えませんか?たしぎさん。」
にこーっとサンジが笑いかける。

「じゃあ、ここで、捕まります?」
「あはは。うん、それもいいかも。」 軽やかに笑うと、サンジは、席を立つ。

「ありがとう。」
コーヒーのおかわりを、たしぎのカップに注いで、自分の皿を片づけ出すサンジに向かって声をかける。
サンジは、首をかしげて、ウィンクを投げかける。
そして、「Au revoir!」の言葉とともに去って行った。


いい仲間なんですね。あなた達は。

たしぎは、上を向く。
今日、初めて見上げる空、やわらかな午後。
気休めと人は言うだろう。
それでもいい。
誰かと、こんなふうに話したかった。
こうやって、時を重ねることで、痛みが和らぐのだろうか。
今は、そう思いたい。

たしぎは、立ち上がり、歩き出した。


〈完〉