サウザンドサニー号、アクアリウムバーの中から、話し声が聞こえてくる。
ナミとロビンが、何やら相談しているようだ。
紅茶とコーヒーをシャフトに入れて下に降ろした際に、階下から聞こえてきた話の内容に
サンジは、思わず扉を開けたまま、聞き耳をたてた。
食堂に居たウソップが気づいて、寄ってくる。
「やっぱり、ど〜んとチョコレートケーキじゃない?」
「そうね、どうせなら、一人一人、好きなものにしたほうが、
喜ぶんじゃないかしら。」
「いいわね、それ。」
「ふふふ。」
「と、すると、ルフィはまず肉。肉かぁ、難しそう。
ゾロは、お酒でしょ。
チョッパーは、綿アメ。ウソップは、タバスコ?とうがらし?」
これって、よく使ってるだけで、好物って訳じゃないか・・・ん、難しいな。」
「フランキーは、コーラね。
ブルックは、紅茶、あ、よく牛乳も飲んでるわね。」
「サンジくんは、何かしら。やっぱ、煙草だよね。」
それを聞いた二人、青ざめた顔で、その場を離れる。
「バレンタインの相談みたいだな。」
「ああ。」
「いったい、何を作ろうとしているんだ?あの二人。」
「さあな。」
淡々と語り合う二人に、不安の色が漂う。
「あの二人、何とかしねえと、確実に二人、死ぬぞ。」
「ああ。」顔を見合わせる。
俺とお前だよな。
「お前はいいよ、ウソップ。少なくとも、食いもんだ。
俺は、食い物ですらねえ・・・」
煙草に火をつけようとして、手にした煙草をじっと見つめる。
「ロビンの料理の腕は、どうなんだ?」ウソップが尋ねる。
「さあ、ロビンちゃんは、未知数だ。
俺も知らない、すごい料理法を知ってたりして。
・・・いや、そんな筈は・・・ないな。」
「これは、ヤバイぞ・・・」引きつった顔で、力なく笑う二人だった。
デッキに出ると、丁度、ガチャとドアが開く音がして、ナミとロビンが出てくる。
「じゃあ、あれはフランキーにお願いしてみるわね。」
「お願い。こっちは、材料の調達しとくわ。」
二人の計画はまとまったようだ。
恐る恐る近づいて、「あの〜、ナミさん?何か作るんだったら、俺、お手伝いいたしましょうか?
料理の手ほどき。何なりと。」
サンジが期待を込めて、言ってみる。
「あら、今回はロビンと二人で作るんだから、サンジ君も楽しみにしといてね。」
とニッコリ余裕で答える。
「で、でも・・・」
「あ、そうだ。サンジくん、煙草一箱、借りるわね。ちょっと使うから。」
「!」
有無を言わさず、ナミはサンジの胸ポケットから、煙草を箱ごと取り去っていく。
側で見ていたウソップが、「おい、箱ごとかよ・・・」とおののく。
「一本や、二本って訳じゃあ、ねえんだな。サンジ、覚悟しとけよ。」
と気の毒そうにつぶやく。
サンジは言葉が出て来ない。
その夜、ウソップがフランキーにそっと探りを入れてみる。
「なぁ、ロビンに何頼まれたんだ?」
「あ?それは、いくらお前でも言えねえな。ウソップ。」真面目な顔で答えるフランキー。
「ロビンに、決して口外しないように、って念を押されてるメカ。」
急にロボ語になって、
気の毒そうに、いや面白がっているようにも見える顔で、口にチャックする仕草をする。
*******
当日、昼ご飯が終わると、片付けは、二人でやるから、と早々にキッチンから
サンジは追い出された。
「あの、ナミさん?何か、ほんとに、手伝うことない?」
「いいから、いいから。」と笑顔で、ドアを目の前で閉められる。
素敵な笑顔だと、思いつつも、なすすべもなく、途方に暮れる。
ウソップが、近づいて来て、サンジの肩をポンポンと叩いて、無言で首を左右に降る。
サンジは煙草を取り出して、三時間程の禁煙をやぶって、火をつける。
ふぅ〜〜〜っと、長く息を吐き出すと、デッキのへりに寄りかかる。
朝食後、「俺、禁煙しようかと思って。はは。」とさり気なく、ナミとロビンの前で言ってみたが、
「無理、無理、かえって体に悪いわよ。サンジくん。」ナミは、笑って相手にしない。
「そうね、サンジくんには煙草、お似合いよ。」とロビンに、にこやかに聞き流された。
ゾロが見張り兼トレーニング室から降りてくる。
「なんだ?お前ら、しけた面してよ。」
汗を拭きながら尋ねる。
「いや、それがよ。」ウソップが経緯を説明する。
「男なら、出されたもん、黙って食うだけだろ。」
と真面目くさって答えるが、どう見ても、口元が笑っている。
「おまえなぁ、人事だと思って。」サンジが睨みつける。
そこへ、チョッパーがやって来たので、ウソップが頼み込む。
「なあ、チョッパー、お前、キッチンの様子見て来てくれよ。」
「そうだ、危険な素振りがあったら、ドクターストップしてくれ!」
サンジが、すがりつくような目で訴える。
「よし、わかった。俺、行ってくる。」
チョッパーが、キッチンに入り、
暫くすると、ご機嫌な様子で、出てきた。
すっかり、ナミとロビンに丸め込まれてしまっている。
「大丈夫、具合悪くなったら、俺が治してやるよ。」自信ありげに、チョッパーが胸を張る。
「だから、食べてからじゃ遅いんだよっ!」ウソップが、突っ込んだ。
「俺は、故郷の村に、俺の帰りを待っているひとがいる。
だから、ナミ、ロビン、お前らのチョコは受け取れないんだ。ひじょ〜〜に、残念だが・・・。」
ウソップが、台詞の練習を始める。
お前、ずるいぞ、一人だけ助かろうとしやがって!
八方塞がりの状況に、サンジはとうとう覚悟を決めたようだ。
ぐっと、拳を握りしめて、空を見上げる。
「ナミさん、ロビンちゃん、俺の愛を試しているんですね!
俺はどんな試練でも乗り越えて見せますっ!」
*******
「みんな、お待たせ〜。さぁ、食堂に入って。」
ナミが、みんなに声をかける。
テーブルには、美味しそうなシチューが並んでいる。
よく見ると、ハート型の人参と、ハンバーグが入っている。
味も申し分なく、ルフィのお代わりに、ストップがかかった程だ。
皆、充分に料理を楽しんだ。
そして、食器を片付け終わると、ロビンが冷蔵庫から、小箱を出してきた。
「はい、ナミと私から、バレンタインのチョコレートよ。召し上がれ。」
サンジが自分の前に置かれた箱を恐る恐る開けると、
そこには精巧な、煙草の形をしたチョコレートが入っていた。
ウソップの方を見ると、唐辛子の形をしたチョコレートを摘んで、ホッとした顔で笑ってみせた。
「これだったのかぁ。二人が作ろうとしてたのは・・・は、はは。」
サンジは、脱力して、椅子に沈みこむ。
「ふふふ、レディの話を、盗み聞きするからよ。」ロビンが笑う。
「そうよ、サンジ君、聞いてたでしょ、私たちの話。ウソップも!」軽く睨むナミ。
「いや、そんなつもりは。・・・はい、すいません。」素直に謝る。
「いや、悪りぃ。」ウソップは、頭を掻いた。
「毒なんて、入ってないから、安心して食べて。」ニッコリ笑って、ナミが薦める。
「肉、入ってないのか?これ。」骨付き肉の形をしたチョコを、ムシャムシャ頬張りながら、ルフィが言う。
「あんたのは、入れてもよかったかもね!」
「うわぁ。ふわふわしてるぞ、このチョコ。」
チョッパーが、棒がプリッツのエアインチョコで作られた立体綿アメ型チョコを
嬉々としてにかじっている。
「ミルクチョコですか?美味しいですね。」
ティーカップの形をしたチョコを手にしながらブルックも嬉しそうだ。
ゾロは勝手にチョコに合う酒を出してきて、飲みながら口に入れる。
フランキーは、コーラの瓶の形をしたチョコをじっと見ながら、ディテールがどうのこうの、と呟いている。
サンジの方を見て、「その煙草は、よく出来てるだろ。見本があったからな。」とニヤッと笑い、親指を挙げる。
ロビンが昨夜、フランキーに頼んだのは、チョコの型だったのだ。
サンジもチョコレートの煙草を口に咥える。
昨日からの騒動を思い出して、可笑しくなった。
あ〜〜〜あ、まったく、俺は、何やってんだ。
そんなサンジを見て、ナミとロビンが顔を見合わせ、微笑みあった。
「みんな、10倍返しだからねっ!」ナミの言葉に、皆、固まる。
サンジだけが、「そうだ〜!何がいい?ナミさん、ロビンちゃん!何なりと、作って差し上げますっ!」
と目を輝かせていた。
〈完〉