そんな目で見ないでください

そんな目で、オレを見るな。

おまえはくいなじゃないのは 分かっている。

分かっていたのに、 おまえの中にくいなを求めていた。

だからお前には触れられない。
オレが触れれば、おまえが傷つく。
そんな悲しそうな目でオレを見ないでくれ。

カチッと刀を鞘に収め、ふっと小さく息を吐く。
顔をあげれば、そこにたしぎがいる。
黒い瞳がオレを真っ直ぐに捉えて離さない。
「これでいいんだろ。」
たしぎの視線を引き剥がすように、言い捨てると、 背を向ける。
早くこの場から、立ち去りたかった。

「待って。」
静かに訴えるその声に、心が揺れる。
無言で振り返ると、困ったようにオレに問いかける。

「どうして、そんな悲しそうな顔をしてるんですか?
 そんな目で私を、見ないでください。」


何も応えられませんから。
あなたの望むものを、私は持っていません。

それでも、あなたが伸ばす手を取りたいと願うのは、
どうしてなんでしょうか。


こいつは、苦手だ。オレの思っていることが何故わかる。

「おまえの方こそ、泣きそうな顔してんじゃねえか!」  隙を見せぬように、たたみかける。
「オレが、なんかしたっていうのか!」

「したじゃないですかっ!」
何も答えられなかった。 思い当たる節が多すぎる。
たしぎの唇を奪った雨の夜が、頭をよぎる。

「じゃあ、どうすりゃいいんだ?  謝ったりしねえぞ、オレは。」

「ちゃんと、私を見てください。
 そして、ちゃんと、ちゃんと・・・してください。」
ゾロは、自分の耳を疑った。

「・・・わかった。こっち向け。」 ずいっと身体を近づける。
「たしぎ。」
名を呼び、肩に手をかける。
見上げるたたしぎの顔が、上気して真っ赤になっていた。
まつ毛が、心なしか濡れている。
こんなに近くで、見つめられるとどうしていいかわからなくなる。
ゆっくり、顔を近づける。
たしぎの肩にビクッと力が入り、下を向く。
二人の動きが止まる。

そして、いきなり、顔をあげると、耳元でうわずった声で叫ぶ。
「ちゃんと、ちゃんと、剣士として、相手してくださいっ!」

思わず手を離すと、たしぎは、後ずさって、逃げるように離れる。

「だから、ちゃんと、ちゃんとなんですっ!」

訳のわからんことを言い残すと、あっちこっちにぶつかって、 すっ転びながら、見えなくなった。

「おい・・・」
なんなんだ、あいつは。

たしぎが消えた方向を見やりながら、 しばらく、つっ立っていた。
「ちゃんと、キスしてください。」って聞こえたんだが、 違ったのか?

ふっと、小さく息を吐くと、頭をガリガリ掻きながら、 歩き始める。
酒を買いに来んだった。


なんだか、少しだけ気が楽になった。


〈完〉H23.1.7 


たしぎのささやかな焼きもちという所でしょうか。思わず口走っちゃいました。