グランドライン、シャボンディ諸島に向かう航路は
穏やかだった。
この分だと、明日には到着するだろう。
予定よりも十日は早かった。
「なぁ、ゾロ、楽しみか?」
「ん、まぁな。」
否定はしない。
やっとあいつらに会えるしな。
小舟の船首に立って進む方向を
腕を組んで眺めているゾロに、問いかけたのはペローナだった。
「・・・・」
「どうした?」
「寂しくなるな、お前が居ないと・・・」
「あぁ、オレもだ。」
振り返り、日傘を差して座り込んでいるペローナを見つめる。
一人でシャボンディに向かうと言っていたゾロを
鷹の目も信用しておらず、結局ペローナが付いていくことになった。
やはり、一人で行かせなくてよかったとペローナはつくづく感じた。
ゾロの方向音痴には、この2年間、嫌というほど思い知らされた。
自分の部屋、食堂、玄関、それぞれに道案内の目印が必要だと知った時には
こいつは、とんでもない馬鹿かと思った。
たかが、鷹の目との稽古から帰る途中に、森に迷い込んで、
3日さまよっていた。おかげでサバイバルも自信がついたとかほざきやがって。
鷹の目は、鷹の目で、森で迷ったゾロに闇討ちを仕掛けたり、面白がっていた。
ほんとに世話の焼けるヤローだ。
おかげで、すっかり面倒見がよくなってしまった。
自分でも驚いている。
料理も覚えた。
ゾロは和食が好きだったから、
おでんから始まって、味噌汁に、肉じゃが。
大抵のものは、作れるようになった。
味噌汁の具で、豆腐にはワカメか、ほうれん草かで
鷹の目と言い争ってたな。結局は、交互に作るということで納得したけど。
ネギは二人とも入れるで、一致した。
変な所でで、この二人似ているんだ。
思い出し、思わず顔が緩んだ。
ゾロに見つめられていることに気づいて、慌ててそっぽを向く。
そして、拗ねたように、呟く。
「ウソつくな。」
「ウソじゃねえ。」
ふん、ガキ扱いしやがって。
面白くない。
「じゃ、証拠見せろ。」
証拠?
ゾロがそんな表情をする。
ペローナは立ち上がるとゾロに近寄る。
じっと顔を見つめたまま、怒ったように告げる。
「キスしろ。」
目を見開くゾロに構わず、目を瞑る。
「あぁ、いいぞ。」
ゾロは微笑んだ。
ペローナの肩に手をかける。
ゾロの顔が近づく気配がした。
チュッとおデコにキスされた。
固まっていたペローナが目を開ける。
赤くなりながらも、怒り出す。
「ちがうっ!」
「?」
「そこじゃないっ!」
「じゃ、どこだ。」
言いかけて、下を向く。
ゾロの手は、ペローナの肩に置かれたままだ。
息を吸い込んで、顔を上げた瞬間、
ペローナの唇に温かいものが触れた。
んっ!
ゾロの顔がすぐ目の前にあった。
二人の唇が重なっていることに
気づくのに、数秒かかった。
ゾロの唇は優しく、ペローナの唇を味わう。
触れていた時間がとてつもなく長いように思えた。
ゾロが、ゆっくりと顔を起こすと、海風が二人の間を通り過ぎていった。
ペローナの髪が揺れる。
「これで、いいか?」
ゾロが笑いかける。
何も言えずにいると、そっと抱きしめられた。
耳元で、ゾロがささやく。
「いろいろ、世話になったな。
礼はいくら言っても、言い尽くせねぇ。」
「ありがとな。」
今まで聞いたどんなゾロの声よりも、優しかった。
うっ、ぐっ・・・うわぁ〜〜〜〜ん!!!
堪えてきたものが、堰きを切ったように溢れ出だす。
胸にしがみついたまま、声をあげて泣き出した。
子供のように泣くペローナの背中を、
ゾロは、ずっと泣き止むまで撫でていてくれた。
ぐすっ。
鼻をかんで、やっと落ち着いたペローナと
向かい合って座るゾロ。
「明日、シャボンディに着いたら、遊園地に行くか?」
「なにっ?」
「まだ、時間あるしな。」
二カッと笑う。
「いいのか?」
「あぁ。」
「初めてだ、遊園地なんて。・・・オバケ屋敷あるかな?」
「あぁ、あるかもな。」
ゾロは、あれこれ想像し始めるペローナを眺めて笑っていた。
この先、ペローナは、鷹の目と共に居るのか、モリアを探しに行くのが、
まだ決めてはいないと話していた。
ペローナが居なかったら、この2年は、白か黒かで、味気ないものだっただろう。
お前に救われたな。
この先、離れても、お前のことは忘れない。
きっと、いろんな出会いがあって、お前の仲間が出来るだろう。
くしゃっとペローナの頭を撫でる。
「なっ、何すんだ?急に。」
我にかえって、顔を赤くする。
「明日、楽しみだな。」
「う、うん。」
「め、飯の用意してくる。」
慌てて立ち上がると、船室に消えていった。
茜色に輝く夕陽が、
この2年の時間と、これから始まる新しい時間とを、
繋ぎ合せるように空と水平線を染めていた。
ゾロは新しい夜明けを待ち望んでいる自分に気づいた。
そして、自然に笑みが溢れるのを、もう隠そうとはしなかった。
〈完〉
大人のゾロ。たしぎちゃん、これくらいは許してね。