手紙


6 〜シモツキ村〜

また、椿が咲き誇る季節が巡ってきた。
その男は、くいなの墓に椿を一輪置くと、前に座り手を合わせる。
顔をあげて、少し考えると、立て掛けた和道一文字を手に取った。
そして、ゆっくりと目指す場所へ歩き出す。

くいなの丘に、どっかりと腰をおろした男は、和道一文字をその場に 突き刺す。天に向かって見せるように。

その男、ロロノア・ゾロ。旅を終え、ここシモツキ村へ帰ってきた。
親友との約束を報告するために。

ゾロは、その場に、ごろんと仰向けに寝転がると、目をつぶった。
眠ってしまったのだろうか、声を掛けられるまで近づく人影に気づかなかった。

「おい、おっさん。何してんだ?」咎めるような怒気を含んだ声に、片方の眉が反応する。
「ここは、大事な場所だ。だから、お前みたいな、怪しい奴が勝手に入っちゃいけないんだぞ!」

ほう?たいそうな事、言いやがる。ニヤッと笑いながら、ゆっくりと目を開ける。
ゾロは、その声の主を見て、固まってしまった。

そこにくいなが立っている。あの頃と、何も変わらない姿のままのくいなが。
まっすぐな瞳で、こっちを睨んでいる。
ようやく気づいたのは、その髪の色だけは、自分と同じ翡翠色だということを。
「く、くいな。」思わず名を呼んでみる。

「けっ、じいちゃんと同じこと言いやがる。オレは、男だっ!」
ふんっ!と鼻息も荒く、腕を組むとギロリと睨みつける。腰には竹刀を差している。

遠くで、女の声がした。
その声に反応して、何か言いたそうな顔をしながらも、走り去る。
ゾロは、ゆっくりと立ち上がると、男の子が駆けていった方向を目で追う。

母親だろうか、さっきの声の主であろう女の元へ、駆け寄ると何やら話している。
女がこちらを見上げたように見えた。
ゾロは、じっとその女の顔を見つめている。
男の子は、なにやら不満そうな素振りで、しぶしぶと、反対方向に歩きだす。

女が、ゆっくりと丘を登ってくる。
こっちを、じっと見つめたまま、ゆっくりと近づいてくる。

ようやく、その表情がはっきり解るまで距離が狭まる。
「ロ、ロロノア・・・」名を呼ぶ声を聞いて、身体の奥から熱くなる。
ずっと、ずっと望んでいた響きだ。

女は、何か言いかけるが、足をとられ、前に倒れかかる。
ゾロが手を伸ばし、その細い身体を支える。
「相変わらずだな。・・・たしぎ。」
思った以上に、自分の声が優しいことに少し驚く。思わず、笑みがこぼれる。

名を呼ばれ、上げたたしぎの顔は、すでに涙でぐしょぐしょに濡れていた。
言葉を発しようにも、声にならない。

「会いたかった。」
抱きしめた手に、力を込める。
この温もりが、愛おしい。

「・・・手紙、届いたぞ。」
耳元で、ささやいて、確かめる。
「オレのも、届いたようだな。」

こくこくと肯くたしぎの、左耳には、かつてゾロが送ったピアスが輝いている。

ずっとずっと言いたかった言葉を、たしぎは、やっと、伝える。


「・・・おかえりなさい。」


*******


たしぎを、抱きかかえ、そのまま、その場に座る。
たしぎの鼓動が手のひらから伝わってくる。
息づかい、まばたき、唇の動き、全てを感じていたかった。
二人、言葉を発することもなく、じっとお互いのぬくもりを確かめあっていた。


どれくらいの間、そうしていたのだろうか。 夕映えに二人の姿が茜色に染まっていく。

「かあさ〜〜ん!」遠くで、呼ぶ声がする。
たしぎが、顔をあげ、ゾロを見つめる。
「名前、なんてんだ?」
たしぎが名前を伝えると、
「オレと同じ、髪の色だな。」とはがゆそうに笑う。

「あいつが、生まれ変わったのかと・・・」 言ってから、たしぎの表情を伺う。
「わたしも、そう思う。」たしぎが、クスッと笑う。

「ありがとう・・・産んでくれて。」
素直な言葉を吐けるのは、年齢のせいなのか、果てしない航海を終え帰ってきたからなのか。
その言葉に、またたしぎの涙腺が緩む。

ゾロは手のひらで、たしぎの頬を拭う。あたたかい涙だ。

「おいっ、かあさんを泣かすなっ!お前、なにしてやがるっ!」
竹刀を手に、今にも飛びかかってきそうな勢いで駆けて来る。
丘の麓にコウシロウの姿も見える。

「お前、覚悟しろっ!」竹刀の先を、ゾロの鼻先に突き付ける。

「口のききかたは、誰に似たんだぁ?」
にやりと笑いながら、たしぎを見る。

心配そうに、二人の顔を見比べるたしぎの頭を 軽く撫でると、ゆっくりと立ち上がる。

「あいにく、真剣しか持ってねぇんだ。不公平だから、お前にこれをやる。」
和道一文字を地面から抜くと、鞘ごと差し出す。

思いもかけない言葉に、少年は何も言えないまま和道一文字を受け取る。
「お前に、抜けるか?」
そう言いながら、すっと秋水を目の前で抜いて見せる。
その迫力に、腰を抜かすほどビビって動けなくなってしまう。

どうする?
ゾロが視線で尋ねる。

「うわぁ〜〜〜!」思い切り大声をあげながら、鞘を振り落とし、突進してくる。
それを軽くいなして、トンと腕を打つと、和道一文字は簡単に手からこぼれ落ちる。

黙って自分の手を見ながら、次第に、悔しそう顔をゆがめ、拳をぎゅっと握りしめる。
その顔を見つめながら、ゾロが問いかける。
「強くなりてぇか?」

険しい顔で、睨み返す。
ゾロは、昔の自分を見ているような感覚をおぼえた。

黄昏が、たしぎの目に入る景色全てを黄金に変えていく。
まるで、夢を見ているかのよう。

二人を見守るたしぎが、自分の左耳に手を触れようとして、 ふっと思い留まる。
この数年で、すっかり身についてしまったピアスに触れる癖。
不安になるとこうやって、心を落ち着けていた。
もう、しなくてもいい。
手を伸ばせば、そこにロロノアがいる。



「うわっ!」
ゾロの叫び声で、我に返る。
「なにしてやがんだ、この野郎!」
見ればゾロの腕に、噛みついている。
「うるふぇ、かちゃぁ、いいんだ。ふぎゅ〜〜〜っ!」
「卑怯だぞっ!離せ、このっ!」
取っ組みあいながら、丘を転げていく二人を目で追いながら、 たしぎは、先を思いやって大きなため息をついた。

一筋縄ではいかないようね。やっぱり。
可笑しくなって、笑い出す。
また新たな心配事が生まれた。

「二人ともやめなさいっ!」
立ち上がり、二人へ駆け寄る。
その顔は、何よりも嬉しそうだった。


<完>