「もう、追わないから・・・」
とん、とロロノアの背中に頭を持たせかける。
少しだけ、こうしていて下さい・・・
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「少尉、麦わらの一味です!」
その言葉に、思いのほか動揺した。
ロロノアが居る。そう思うだけで、胸が締め付けられるようだった。
あの夜、
「もう、オレを追うな。」と言い残し、ゾロはたしぎの元から去っていった。
目覚めたたしぎは、あれが本当の事だったのか、まだ信じられずにいた。
誰にも、相談もできずに、思考が停止したままの状態が続いていた。
仕事に身が入らないのが自分でもよく分かった。
だが、スモーカーは注意するでもなく、何も言わない。
たしぎには、その気遣いに気づく余裕もなかった。
追うなと言われても、私は海軍ですから、海賊とあれば追うに決まっているでしょう。
と自分に言い聞かせ、部下と共に、街へと麦わらの一味捜索に飛び出して行った。
「待ちなさい。」
立ち止まり、おもむろに振り返るゾロの姿は、いつもと変わらなかった。
その見つめる瞳からは、何の感情も読み取れない。
「追うなと言われても、私は海軍です。あなたを、捕まえます!」
すっと、時雨を抜いて、真っ直ぐに構える。
「オレに構うな。他に海賊は一杯いるだろう。」
「つべこべ言わずに、構えなさい!」
束の間の沈黙の後、ゾロは鬼鉄に手を掛ける。
一閃だった。
気がつけば、たしぎは、時雨と共に吹っ飛ばされていた。
立ち上がろうと、身体を起こした時には、すでにゾロの姿は砂埃の向こうに消えていた。
「こういう、ことですか・・・」
たしぎは、一人呻いた。
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やりきれない想いが渦巻いていた。
オレがあいつを傷つけてどうする。
この手に触れられないというのなら、いっそオレの目の前から消え去ってくれ。
そう願ってしまう、己の自分勝手さを蔑み、笑うしかなかった。
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その島では、ログがたまるのに十日程必要だった。
麦わらの一味がいるとの噂は、すぐに広がり、
街では海兵が至る所で目を光らせていた。
しかし、麦わらのクルー達は、気にするでもなく、好きな時に好きな場所に出かけて行く。
あちこちで海軍に目撃されたが、皆、何事もなかったかのように船に帰ってきていた。
ゾロも、街外れの酒場に度々顔を出していた。
客の中には、脛に傷を持つものも多く、海軍に通報する輩は、一人もいなかった。
ゾロは、ざわついたままの気持ちで酒をあおっていた。
こんな時は、いくら飲んでも酔えやしないことは分かっている。
早々に、切り上げると酒場を後にした。
表に出たゾロの後ろに立つ人影。
月に照らされ、浮かんだ顔は、たしぎだった。
凍ってしまったようなその瞳に、たしぎの傷ついた心が映る。
お前にそんな顔をさせるのは、オレなのか。
笑止。
湧き上がる想いの全てを飲み込んで、歩き出す。
あなたは、いつも、そうやって自分一人で勝手に決めてしまって、
私の気持ちなんて、何にも考えてくれないじゃないですか。
言いたいことは山ほどあった。
麦わらの一味の噂を訪ね歩き、ここにたどり着いたが、
ゾロの顔を見た瞬間、何も言えなくなってしまった。
少し離れてついて行く。
これ以上傷つかないように。
「何も、言うことはねぇ。」
自分に向けられた言葉が、嬉しい。
「待って。」
夜空を見上げたゾロが立ち止まる。
残された時間は、きっと少ない。
「もう、追わないから・・・」
少しだけ、こうしていて下さい・・・
振り返り、この手に抱き締めたいと願う衝動を必死にとどまらせ、
拳を、握りしめる。
ふと、たしぎの頬を夜風が撫でる。
顔を上げると、小さくなっていくロロノアの背中が目に入る。
行かないで。
やっと絞り出したたしぎのねがいは、夜の微かな波音に掻き消され、
もうゾロの耳には届かなかった。
<完>
傷つかないと、受け入れられないことって、あるじゃないですか。
こうでもしないと、わからないんです。