兆風




「バラの花束だと?!」

「そうだよ。真っ赤な薔薇を、抱えてだな、こう。」

オールブルーのカウンター。
サンジがゾロに熱弁をふるっている。

「無理だ。オレには、出来ねぇ。」
コーヒーを手に、首を振るのはゾロ。

少し遅めのランチを食べ、客も居なくなった店で、
気まずそうに相談を持ちかけたのは、ゾロの方だった。

「なぁ、バレンタインってのは、男はどうすりゃいいんだ?」


クリスマスのデートをキャンセルしたこと、
たしぎは、今、大学院の試験で忙しく、会ってないこと、
試験が終わるバレンタインに、会う約束をしたこと。
サンジに上手く聞き出され、その流れで思わず相談してしまった。
「出来るかよ、んなこと!」

相手を間違った。そんな顔をしていると、
サンジは同意を求めるように、ビビに声をかける。

「ねぇ、ビビちゃん、女の子ってのは、
 思いがけないお返しもらうとぐっとくるよね。
 こんなでくの坊でも、花束なんか抱えて来たら、
 少しは、感激すると思わない?」

「ふふ、ゾロさんは、素敵ですよ。
 花束もらって嫌がる女の子は居ないと思いますよ。」
客へのフォローも忘れず、答えてくれた。

ビビに言われると、ゾロも、そうなのかと素直に信じられる。

「花なんて買ったことねぇぞ。」

「だろうな。任せなさい!このサンジ様に。駅前に花屋がある。
 そこの主人は、落ち着いたナイスマダムだ。去年子供が生まれて、
 ますます、美しくなった。俺が連絡しといてやるから、行って来い!」
やけに張り切って、メモに簡単な地図を書いてくれた。

お前がそこまで言うなら。
話しに乗ってみるか。
サンジとビビに背中を押されるように、席を立つと、教えられた花屋へ向かった。



*****


花屋の主人はサンジが言った通り、
黒い髪を後ろで束ねた綺麗な人だった。

「いらっしゃいませ。サンジくんのお友達ね。
 さっき電話貰ったわよ。」

サンジが連絡してたおかげで、すんなりと注文でき、
14日の夕方、受け取りにくることにした。

話していると奥から、赤ん坊の泣き声がして、
じいさんらしき人が、赤ん坊を抱いて出てきた。
「マキノさん、じいちゃんでは駄目みたいだ。
 やっぱりお母さんでなきゃ。」

「あら、そんなこと。」
と言いながら、赤ん坊を受け取ると、笑顔であやす。

「ほら、泣き止んだぞ。」
隣で、じいさんが嬉しそうに覗き込む。


そんなやりとりを眺めているうち、何だか照れくさくなって、
「あ、じゃあ、これで。」
と声をかけた。

「ありがとうございました。」

マキノさんと呼ばれた花屋の主人の幸せそうな顔が
自分には、縁のないことだと思っていたことが
急に、そう遠くない未来の情景として、心に浮かんだ。



*****


バレンタインの前日、たしぎは、台所で悪戦苦闘していた。

やっと、日曜日に試験が終わり、明日ゾロに会えるというのに、
何も準備できなかった。

試験で仕方なかったとはいえ、やはり、バレンタインデイに手ぶらでは
会いにいけない気がする。

結局、夜中までかかって、クッキーを作り、
形、焼け具合のいいものから選んで包んだ。

甘い匂いに包まれて、期待と不安の中、眠りについた。



*****



「はい、これ。」

食事が終わった席で、コーヒーが出されると同時に
たしぎは、ゾロの前に包みを差し出した。

「・・・バレンタインの・・・」
照れながら、たしぎが伝える。

「オレに?」

「はい。」

「手作りか?」

「はい。」

「いつ作ったんだ?」

「昨日の夜。」

「ふぅん。そんで、今日は寝不足の顔してんだ。」

「!?えっ?そんな、ヒドイ顔してますか?」

「いや、冗談。」

顔をあげれば、いつものようにからかう様子で
笑っているゾロが、こっちを見ていた。

「開けていいか?」
たしぎが、頷く。

ガサガサと包み紙を開けて、早速、ひとつ口に放り込む。

「ん、うめぇ。」
もぐもぐと、頬張る。

「よかったぁ。」
心配そうに様子を伺っていたたしぎが、ホッとしたように笑った。

「美味かった。ご馳走さん。もっとねぇの?」

「家にまだ。」
「全部持ってくりゃ、食うぞ。」
あははと笑いながらたしぎが尋ねる。
「そんなに美味しかったですか?」
「ああ、美味かった。」

照れまくるたしぎ。

なんだか、落ち着かなくなり、二人、黙り込んでしまった。



「たしぎちゃ〜〜ん、俺には、ないの?」

「サンジさん!」
「あ、ゴメンナサイ。持ってくくればよかった。
 一杯作ったんです。」

「馬鹿、なんで、コイツにやんなきゃならねぇんだ!
 オレが全部食うって言ってんだろ。」

「え?!あ・・・」何だか赤くなるたしぎ。

「まったく、底なしの胃袋なんだから、
 もっと味わって食えよ!ねぇ、たしぎさん。」

噛み付きそうな勢いでサンジを睨む。

「はい、コーヒーおかわり、どうぞ。」
と差し出されたたしぎのソーサーには
ちょこんと小さなハート型のチョコレートがのっていた。

「あ、かわいい。」
と微笑んで、口に入れる。

「美しいレディにだけ、サービスですよ。」
ふふん、と笑って軽やかに、カウンターへ戻っていった。

ったく。余計なことを。
むっとしながら、ゾロはコーヒーをすする。




「じゃ、そろそろ行くか。」
食後のゆっくりとした時間を楽しでから、ゆっくりと席を立つ。

「ごちそうさん。」
「ごちそうさまでした。おいしかったです。」

サンジの口パクの頑張れよ、を気づかない振りして、
店の外にでた。





たしぎに自分のリュックを渡そうとして、手を止めた。
受け取ろうとしたたしぎが、首をかしげる。

タンデムで乗る時には、ゾロのリュックをたしぎが背負うことに
自然となっていた。

ゾロは、リュックを渡す代わりに、ジッパーを開けると
中から薄い茶色の紙で包まれたものを取り出す。
ガサガサと取り出しにくそうだ。

両端がねじられていて、納豆の藁のような形を見て
たしぎは、不思議がる。
「なんですか?それ。」

ゾロが、不器用な手つきで、一方の端を緩めると
中から、真っ赤なバラの花が見えた。

「これ、やるよ。」



「わぁ。きれい。・・・ありがとう、ロロノア。」
受けとったたしぎが、幸せそうに笑う。

その顔を見ただけで、ゾロは満足だった。
サンジの言うことも、聞いてみるもんだな。

「嬉しい。」
たしぎは、抱えるように花束を抱きしめる。


その様子をいつまでも、眺めていたかったが、
無言で、リュックを差し出した。
そのままじゃ、バイク乗れないだろ。
一旦、またリュックに仕舞わないと。

「う、このまま、持っていたい・・・。」
と言いながら、しぶしぶまた花束を包み直した。

そして、花束を入れたリュックを背負うと、
嬉しさを隠そうとしないで、ゾロに笑いかける。



「ロロノア、ありがとう・・・・大好き。」




赤くなった顔を隠すように、たしぎは、ヘルメットを手に取ろうとした。

その動きを遮るように、ゾロが手を伸ばした。

「オレも・・・」

そう言うだけで精一杯だった。
背中に廻した手に力を込める。
抱きしめたたしぎは、華奢で、柔らかくて、いい香りがした。
やっと・・・この腕の中に。

うつ向いたままのたしぎは、コツンと頭を預けるように、
ゾロの胸に身体をゆだねた。



〈完〉




甘い、甘い〜〜〜〜!!!たまにはいいでしょ。(^^)