忘れて眠れ


その日、隊に戻ったたしぎには、勤務が待っていた。
いつも以上にミスばかりして、何度もスモーカーさんに怒鳴られた。
部下達からも、注意される始末だった。
「今日は、もうとっととあがれ!」
交代時間早々、スモーカーに言われ、
「すっ、すいませんっ!」 と逃げるように自分の部屋に戻ってきた。

たしぎがいなくなった操舵室では、ほっとした雰囲気が流れていた。
昨日までのたしぎに、皆、腫れ物をさわるように接してきた。
あの海賊の捕り物があって以来、たしぎはずっと塞ぎ込んでいた。
何事もなかったように振る舞う姿が、痛々しかった。
なんと声を掛けてよいものか、心配しながらも、 どうすることも出来ずにいた。
スモーカーが口を開く。
「たしぎが、戻ったな。」
「よかったです。ほんっと。」 マシカクが、涙ぐむ。
「スモーカーさん!麦わらです!」 望遠鏡で見張っていた一人が、報告する。
「この島に停泊していた模様。沖に向かっています。」
「追跡しますか?」
「・・・いや、まだ、この島での任務が残っている。  運のいい奴らだ。向かった方角だけ確認しとけ。」
「はっ。」
暫く黙っていたスモーカーは、チラッとマシカクを見ると
「なにはともあれ・・・だ。」
と独り言のように呟いて、大きく煙を吐いた。


******


部屋に戻ったたしぎは、ベッドにうつ伏せになっていた。
今日一日、どうやって過ごしたか思い出せない。
気を抜くと、ロロノアの顔が目の前に浮かぶ。
あわててぎゅっと目をつぶり、頭を降って、その姿を振り払う。
ロロノアが触れた箇所に熱を感じては、のぼせるほどに、真っ赤になる。
これじゃあ、仕事にならない。
私は、ロロノアを捕らえることができるのだろうか?海軍として。
自分に問いかける。

少しずつ頭が冷えてくる。
ロロノアにとって、昨夜の事は、きっと数ある情事の一つに過ぎない。
ガチガチの女を抱いたって、面白くも何ともなかったでしょうに。
つまらない女とわかって、がっかりしたに違いない。
きっと、そう。

なに一人で舞い上がったんだろう。

でも、私はロロノアに救われた。
嬉しかった、ほんとに。
それだけで、いい・・・
これ以上、何を望むというの。

忘れてしまえれば、どんなに楽か。
ソンナコト、デキルワケガナイ。

その声を振り払うかのように、たしぎは首を振って目を瞑る。
この先、二つの想いの狭間で、翻弄されようなどとは、考えたくもなかった。

今日だけは、あのぬくもりを感じながら、眠りたい。
今日だけは・・・

たしぎは、ようやく長い長い一日を終えた。


〈完〉