陽風



「パスタでいいですか?」

「あぁ、何でもいいぞ。」

「じゃあ、土曜日に。」

「あぁ。」

「おやすみなさい。」

「ん、おやすみ。」



****


大学も春休みに入り、たしぎの大学院進学も
無事に決まったのは、つい数週間前のことだった。

あと2年、共に過ごせる。
たしぎは素直に嬉しかった。

ゾロも正直、たしぎが卒業したら、
どうなるかなんて、想像も出来なかった。


今度、花束のお礼がしたいと言い出したのは、たしぎの方だ。
ゾロは、すっかり失念していたし、
たしぎの言うとおり、ご馳走になることにした。

次の土曜日、昼過ぎにたしぎのアパートを
訪ねることになり、電話を切った。


毎日、大学の構内で会うこともないので、
自然と電話で話すことが多くなる。

たしぎは、大学院の準備で、
ゾロは、春休みの運送屋のバイトが、
引越しが増え、忙しくなり始めていた。

ゆっくり、二人で過ごす時間がもう少しあればいいのに
と思っていた矢先の、たしぎからの嬉しい誘い。

初めて訪れるたしぎの部屋。
ゾロは、なんだか自分がドキドキしているのに気づいた。
高校生じゃ、あるまいし・・・


****

「どうぞ。散らかってますけど。」

陽射しが暖かい土曜の昼下がり、ドアを開けたたしぎは、
白い長袖のTシャツに、チェックのエプロンを着けて
ゾロを出迎えてくれた。

いつもと違う格好に、ゾロは照れくさくなって、顔を反らせた。

1DKの居間に通され、腰を下ろすと部屋を見渡した。

「やだ、あんまり、見ないで下さい。
 掃除したけど、あんまり片付かなくて・・・」

たしぎが恥ずかしそう部屋を見渡す。

白とベージュを基調とした、さっぱりとした部屋だった。

テレビと低いテーブル。座布団がわりのクッションが3つ。
カーテンは薄いグリーン。

目に付いたのは、壁のコルクボード。
2枚の写真が留めてある。
一枚は、何処か外国の大きな湖。
緑の森に囲まれ、霧が漂う幻想的な雰囲気の場所だ。
もう一枚は、この前、ゾロがあげた花束を写したものだった。


あとは、カラーボックスの上に卓上型の鏡が一枚置いてあるだけで、
本ばかり。色気も何もない、たしぎらしい部屋だとゾロは思った。


「何か、手伝うか?」

「いえ、大丈夫です。ロロノアは
 座って待っててください。」

そそくさとキッチンに立つたしぎ。
ゾロが座っている場所からたしぎの姿が見える。

マカロニサラダは美味かったな。
言われたとおり、のんびり待つことにした。



「熱っ!」
ガチャン。

カラン。
「痛っ!」
ドスン。

キッチンから聞こえてくる音に
とてものんびりどころではなくなった。

「おい、大丈夫か?」
のぞいたキッチンは、湯気と転がった鍋で
凄いことになっていた。

「だっ、大丈夫ですからっ!!!」
テンパっているたしぎを見て、言われたとおり
居間に引っ込んだ。

マカロニサラダは、旨かった・・・

横になり、うとうとしかけた所で
たしぎが皿を運ぶ気配で目を開けた。

「お待たせしました。」

「んあ?」

起き上がると、目の前のテーブルには
グリーンサラダとミートソース。
苺が山程、皿に盛られていた。


*******



「旨かった。ごちそうさん。」
手を合わせて、食べ終えるゾロをたしぎは
嬉しそうに見ている。

「ほんとですか?」
「ああ。最初はどんなのが出てくるかと思ったけどな。」

ははは、たしぎが恥ずかしそうに笑う。
ゾロはおかわりもして、作ったもの全て平らげてくれた。

「そうだ、コーヒーいれますね。」

たしぎと一緒にゾロも立ち上がる。
「あ、ロロノアは一服してて下さい。」

「いや、片付け手伝うぞ。」
自分の皿をキッチンまで運ぶと流しに立ち、皿や鍋を洗いだす。

「あ、ありがとうございます。」
隣で、たしぎが戸惑いながら、コーヒーの支度を始める。

カチャカチャと皿の触れる音と、水の流れる音だけがして、
二人とも無言だった。

「手際いいんですね。」

「いや、いつもは放ったらかし。」

「じゃあ、今日は特別?」

「ん、お礼。」

「今日は私がお礼したんです。」
「じゃ、そのお礼のお礼。」
「えぇ〜。」

プッとゾロが吹き出した。
つられてたしぎが笑い出す。

「コーヒー入りましたよ。」
「こっちも終わった。」

二人で居間に戻ると、並んで腰を下ろした。
距離が急に近くなって、ゾロは少し緊張した。
コーヒーの香りと共に、たしぎの柔らかい香りがする。

咄嗟に、目の前の写真を顎で指しながら尋ねる。
「あの写真。」

「あ、あれですか?この前、ロロノアに貰った花束、
 残しておきたくて。」

「その隣りのは?」

「あれは、小さい頃見た雑誌の切り抜きです。
 ものすごく綺麗だと思って、いつかこんな場所に行けたらいいなって。」
「何処なんだ?」
「それが、解らなくて・・・」

「ふぅん。」
ゾロはコーヒーを啜った。

*****

「そう、携帯にもあるんですよ、花束の写真。」
たしぎが携帯電話を取り出し、操作すると画面に
花束を抱えたたしぎの写真が出てきた。

「なに?自分で撮ったのか?」

「はい。何だかもったいなくて。」
花束を抱え、なんとか収まるようにと
カメラをのぞき込んでいるたしぎの姿が写っていた。
懸命な姿に、ゾロは笑い出す。

「何やってんだ。くっくっ。」

「だってぇ、嬉しかったんだもん。」
照れて横をむくたしぎの顔に手を伸ばす。
優しく、自分の方に向かせると、軽くキスをする。

ん。

声にならないたしぎの吐息を感じながら、
もう一度、唇を重ねる。

ゆっくりと、包み込むように。

腕の中のたしぎは、ゾロの腕に手を伸ばし、遠慮がちに袖をつかむ。

この感じ。
ゾロは、初めて、腕に抱いた感触を思い出していた。

頬から耳、うなじ、背中へと撫でるように手を滑らせ、両手でギュッと抱きしめる。
たしぎの鼓動が伝わってくる程に。

たしぎの指先が、ゾロの脇から背中にまわる。
肩甲骨の所で止まると、キュッと力が入る。

身体の芯が、熱くなる。
ゾロは、この鼓動がたしぎのなのか、自分のものなのか
わからなかった。

廻した腕を弛めると、再び唇を求める。
そのまま、シャツの上からたしぎの胸の膨らみに触れる。

ビクンと、たしぎの身体が反応する。
拒む訳でもない様子にゆっくりと、揉みしだく。

んっ。
重ねたままの唇から、たしぎの吐息が漏れる。

ゾロの指先が、シャツのボタンを外そうとする。

「だっ、だめ・・・」
一瞬、手を止めるが、そのまま一つ、二つと外していく。

「だっ、だめなんですっ!」
必死の口調に、ゾロは手を止め、たしぎの顔を覗き込む。

真っ赤になりながら、息を弾ませて、胸元を押さえるたしぎ。
ゾロは、何も言わずに、たしぎの次の言葉を待つ。
「あっ、あの、今日はだめなんです。
 ・・・えっと、その、女の子の日なんですっ!」

「?・・・?・・・あ、あぁ、そうか。」

ようやく事情を飲み込めたゾロがたしぎを離す。
座り直したたしぎが、ボタンをとめる。

「なんか、色々大変だな。」
頭を掻いて、どうでもいいような言葉をかける。
なんだか、気まずい。
どうすりゃいいんだ、この状況。

「あ、あの、ごめんなさい・・・」
「お前が、あやまる事じゃないだろ。」

二人とも目を合わせずに会話する。

「あの、でも・・・」
たしぎの手が、床についたゾロの手に触れた。
振り返ったゾロの頬に、たしぎが軽いキスをする。

「コーヒー、もう一杯いれますね。」
と言うと、立ち上がってキッチンに向かった。

ゾロは、そのキスの意味をボーッとする頭で考えていた。



〈完〉




未遂をね、書きたかっただけです、ハイ。(^^ゞ