episode9 後編


「いいのか?大佐ちゃん。
 今の、麦わらの一味だろ。
 少なくとも、ローよりは話の通じる相手みてぇだったけど。」

「スモやんの身体に、とどめ刺すような真似はしなかったし・・・」


「・・・それでも、海賊です・・・」

「スモやんと大佐ちゃん、麦わらの一味を追って、この新世界まで
はるばるやって来たんだっけ。」
麦わら達との因縁を、推し量る。

「・・・・」
彼らは、他の海賊とは何か違う。
アラバスタでそう感じたことは確かだ。
あの時から、ずっと心の中にある想い。

スモーカーを抱えたロロノアが、「生きている。」
と言ってくれた時、どんなにホッとしたことか。



「どうする?大佐ちゃん。」

黙り込んだまま動こうとしないたしぎを、心配そうに部下達が覗き込む。



「ローを追います。」
たしぎが顔を上げる。

「俺らには、無理だってさっきの戦闘で、分かっただろ!
 何無茶なこと言ってんだ。大佐ちゃん!」
部下達に動揺が広がる。

「わかってます。でも、スモーカーさんの心臓を取り返すには
 ローを追うしかないんです。」
「そりゃそうだけどよ〜。」

「さっきの、麦わら達が、なんとかしてやるって言ってたろ?
 俺達は、ここで待とうよ、大佐ちゃん。」

たしぎが微笑む。

「あなた達は、ここで待機して下さい。
 軍艦の残骸から、何か使えるものを集めて。
 電伝虫も、探せば見つかるかもしれません。
 木片を燃やして、暖を取っていて下さい。
 そして、スモーカーさんを・・・頼みます。」
たしぎの声は、力強かった。

「まさか、一人で乗り込むって言うんじゃねぇだろうな。」

たしぎは黙ったまま、返事をしない。


「馬鹿言ってんな、大佐ちゃん一人で、行かせられるかよ。」
「その通りだ!俺もついて行くぞ。」
バラバラと皆が立ちあがる。

「みんな・・・」


「ここで待機して、本部に救援を求めるのも大事な任務です。」
「だからって、何も一人で行くこたぁねぇ!」

「・・・わかりました。じゃあ。」
と、たしぎは、部下二人の名を呼ぶ。
「あなた達の目的は、本部との連絡手段の確保。
 スモーカーさんの心臓は、私に任せること。いいですね。」

「大丈夫、しっかりお守りするぜ。」
「おぅ、危険だと思ったら、すぐ連れ出すからな。大佐ちゃん!」

「頼んだぞっ!」
「俺らは、食料見つけだして、なんか暖かいものでも作って待ってるよ。」


「それじゃあ・・・後を、頼みますね。」
「無事に帰って来るんだぞ〜。」

部下達に見送られながら、たしぎは施設の中へと足を踏み入れた。



******


「なんなの、ここは・・・」
思わず呟く。

施設の中は、麦わら達のせいか、大騒ぎになっていた。
あちこちで見かけた不思議な生物。
冷凍の囚人、最初に見た子供たちは無事なんだろうか。

ここの目的も、内情もすべてが謎めいて、
ローの存在が一層、不気味なものに思えた。


ようやくたどり着いた奥の空間。
遠目だが、ローと麦わらの一味の姿が見える。

二人の部下には、この状況を確認した後、
退却経路の確保と待機を命じた。
何か異変があれば、すぐ避難するようにと。

不満げな顔をしていたが、たしぎの頑なな態度に
頷いてくれた。
これ以上、彼らを危険な目にあわせたくない。


物陰から、ローの様子をうかがう。

口の中がカラカラに乾いている。
手に握るのは、折れた時雨の柄。
私には、これしかないんだから。
部下が渡してくれた刀は、もう使いものにならない。

すぅっと大きく深呼吸をする。




******


「おい。」

きゃっ!
思わず大声を出しそうになって、慌てて口元を押さえた。

振り向けばそこにロロノアが立っている。

「こんな所で、何やってんだ。」
呆れたように腕を組んで、たしぎをにらみつける。

バクバクする心臓を、落ち着けようと深呼吸しながら、答える。
「ロロノアには、関係ありません。
 私は、私の考えで行動してるんです。」

たしぎの言葉を聞き流して、向こうの様子をうかがう。
「あいつら、こんな所にいやがったのか、まったく。」

そして、たしぎに向き直り、はぁ、と大きなため息をつく。

「なっ、なんですかっ!」

何か言いたそうな顔で見つめていたゾロの腕が急に伸びると、
そのまま、たしぎを引き寄せた。

どんっとぶつかるように、ゾロの胸にたしぎが倒れこむ。
視界には、ロロノアの胸と傷。そして萌葱色の上着。

頭の上から低い声が響く。
「震えてんじゃねぇか。」

 !

「・・・ふ、震えてなんか、いません・・・」
たしぎの声は、力を込めたゾロの腕の中で、消えていく。

ゆっくりとしたロロノアの胸の鼓動が伝わってくる。
それに合わせるように、たしぎが息をする。
あたたかい肌の温もり。

いつしか、目をつぶり、ゾロの袖を強くつかんでいた。

誰かに頼りたかった訳じゃない。
ただ、そばにあなたがいると分かっただけでよかった。

海賊は海賊。頭では理解してた筈なのに。







あなたを追ってここまでやって来た。

ロロノアだったから・・・

強くなりたいと願った先に、あなたがいる。



なんだろう、この満ち足りた想いは。
心の奥が熱くなる。


ロロノアの声が胸に沁みる。

「止める気はねぇ。だがな、お前の目的はスモーカーの心臓だ。
 あいつと闘うことじゃねぇ。忘れるなよ。」

顔を上げたたしぎを、真正面から見つめて言い聞かせる。
たしぎは、無言で頷いた。

「それと・・・」
ゾロが、少し笑ったような気がした。

抱きしめたまま、ゾロの顔がゆっくりと近づいてくる。
手が首筋へと廻される。


たしぎは、予感と共に、静かに瞳を閉じた。



〈完〉



さりげなく寄り添うゾロ。