裸足の花嫁 1


その島は、間近に迫った祭りの装飾で彩られ、 村中全体が熱気と興奮で浮かれているようだった。

たしぎは、部下二人を連れ、色とりどりの飾りつけが施された通りを歩いていた。
身元を隠す為に、時雨は布に包まれ、それとは分からぬように荷物と一緒に背負っている。
民俗学の研究者と称し、この島にやってきたのは三日前のことだった。

*****

一週間前、船内の作戦会議で目の前に海図が広げられた。
グランドラインのこの海域、連なるように小さい島々が点在している。
それぞれの島は、ログポースなしでも行き来できるという。

その島々で、時期を同じくして、神の花嫁と称し若い娘達が神に差し出される 「生け贄」が行われているらしい。
しかも、数週間に一度の高い頻度で。
駐在している海兵の報告会議で明らかになった。
何やら、組織的な人身売買の可能性があると睨んだスモーカーの隊は、
その実情を探るべく潜入捜査を行うことになった。


*****

「へぇ、そうなんですか。」
メモをとりながら熱心に話を聞いている相手は、この島の村長(むらおさ)だ。
「で、そもそもその神様とは、一体何を祀っておられるんですか?」
「うむ。まぁ、昔からの、湖の主様だ。
 近頃、村に災難ばかり続いてな。そこに、司祭様が現れて鎮めてくださった。
 司祭様が言うには、神の使者に選ばれた娘を神様に差し出せば、厄災は避けられると。」
「それは、どんな風に、行われるのですか?」
「詳しいことは、言えん。秘密の儀式だからな。」
「そうですか・・・」
なんだか、歯切れの悪い村長の態度に、たしぎは、彼が、この儀式に噛んでいるかどうか、まだ判断がつかなかった。

礼を言い、村の宿屋に滞在していることを告げ、村長の屋敷を出た。
「少し、村を歩いてみましょう。なにか、話が聞けるかもしれません。」

たしぎの任務は、今回、神の花嫁に選ばれた者を見つけ出し、秘密裏に保護すること。
司祭達一行の動向はスモーカーさんが探っている。
そして、村の港には、戦闘に備えて海兵達が、身を隠して滞在している。

村とはいえ、島全体となれば広く、何をどう探っていいのか、分からなかった。
たしぎの目の前を、幼い兄妹が走っていく。
「ねぇ、本当に、レインおねえちゃん、お嫁に行っちゃうの?」
「うん、だって、家に白いドレスがあったもん。教えてくれなかったけど。」
「そんなの、やだぁ。」
半分泣きべそをかきながら兄と思われる男の子を追いかける少女。
二人が走っていった方向にたしぎは進んでいった。

だいぶ、山を登った所に、小さな集落があった。家も数軒しかない。
中心地から離れたここでも、家の軒先には祭りの飾りが下げられていた。
その中の一軒のドアを叩く。
「すいませ〜〜ん。」
戸を開けた、老婆の暗い雰囲気に、気おくれしながら尋ねる。
「この近くに、ご結婚される方、いらっしゃいますか?」
「あの、私、民族学者で、この地方の行事など研究していまして、お話を・・・」
「そんなもんは、いねぇ。」
老婆は、冷たく言い放つと、ピシャリと戸を閉めた。
しかし、その隙間から見えたのは、紛れも無く純白のウエディングドレスだった。

結婚といいながらも、喜ばしい雰囲気が全くない。
さて、その主を探さなきゃ。

たしぎは、部下に先に宿屋に戻り、祭りの儀式の次第を調べておくようにと、先に帰した。
一人になって、集落の周りをぐるっと歩いてみた。
祭りの装飾とは裏腹に、浮き足だった雰囲気もなければ、ひと一人見かけない。

開けた高台の茂みの影に、さっき見かけた女の子がいた。
「何してるの?」
たしぎは優しく声を掛ける。
「あ!」女の子が振り返り、見つめた先に一人の女が立っていた。
「クラム、家に戻っていなさい。」
女の子は、パッと駆け出して行った。 その女が、たしぎを訝しそうに見つめる。

「あなたが、レイン?」
「どうして、私の名を。」
「さっきの、子が、レインねえちゃんが、お嫁にいっちゃう。って泣いてたから。」
「・・・そう。」

レインという名のその女に、張り詰めたただずまいの中、まだあどけなさが見え隠れしていた。
歳を聞けば、まだ19歳だという。
たしぎが島の外から来た者だとわかると、警戒感を解いたようだ。
息が詰まるような周囲の対応に、うんざりしてたのかもしれない。
自分の身に降りかかった運命を呪うでもなく、淡々と話だした。

明日の満月の夜、島の山の中腹にある湖の畔に連れて行かれると。
ほとりには、神の花嫁が差し出されるようになってから出来た祭壇があるという。
おそらくそこで、神様に捧げられるのだ。
その花嫁は、どうやって決まるのか。たしぎが問うた所、 レインは、顔を曇らせた。
「たぶん・・・居なくなってもいい者。」
その言葉に、衝撃を受ける。
「どういうことですか?いなくなってもいい人なんて、いる訳ないでしょ!」
レインは寂しそうに微笑む。

「あなたが、そうだと言うんですか?」

「私は、私はただ、好きになっちゃいけない人を好きになっただけ。」
「どういうこと?」
その質問には答えす、空を仰ぐ。
「祭りの一週間前になると、死神って私たちは影で呼んでるけど、
 神の使者がドレスを持ってやってくるの。黒いフードをかぶってた見たこともない人。」

「神の花嫁になることは、誰にも言ってはいけないと固く禁じられていて、
 他にも生け贄にされた人がいるという噂も。」

「神が欲しいのは、花嫁だけじゃないってことですか?」
「わからないわ。ただ・・・なんていうか、この島の反体制者みたいな、そんな人達が儀式の後消えているの。」
信仰を利用した人さらい、それに乗っかった統率者の意図。
そんな言葉がたしぎの頭に浮かんだ。

「生け贄なんて、絶対、おかしいです。レイン、悔しくないの?」
真剣な面持ちで、問いかけるたしぎに、レインは諦めたように微笑む。
「生きていたって、悲しいだけだもん。」
そんな事あってたまるか!言葉にできないまま、レインを見つめる。
「どうして、学者のあなたが、そんなにまで私のこと、心配してくれるの?」
不思議そうに、たしぎを見つめる。
「だって、だって、そんなの悲しすぎる・・・」
気がついたら、涙で頬が濡れていた。

「不思議な人。・・・ありがとう。」

「私、あなたを必ず助けます!」
驚いたように、たしぎを見つめる。
「いい?絶対に諦めちゃダメ!約束して下さい、レイン!」
たしぎは、ぎゅっとレインの手を握りしめる。
ふと浮かんだ想いが口から出た。
「レイン、あなたの好きな人って、村長のところの・・・」
凍りついたレインの顔が、答えを示していた。

一つだけ、レインにお願いを聞いてもらい、宿の場所を告げるとたしぎは、その場を後にした。

帰り際に、村長の屋敷に寄った。
村長は不在だったが、屋敷の者に、司祭の話も聞きたいので滞在場所を教えて欲しいと
伝言を頼み、宿に戻った。

******

時を同じくして、この島に上陸した者達がいた。
そう、賑やかな祭りの臭いを嗅ぎつけた麦わらの一味。
「なんか、楽しそうだな〜〜!どんなご馳走があるんだ?」
ルフィがキョロキョロしながら、鼻をくんくんさせる。
「ちょっと、待ちなさい!」ナミがイライラしながら後を追う。

「なんか、変なのよね。こんな小さい島なのに、おっきな商船が、島の裏側に泊まっていたし、
 海軍の船も確かに居たのよ。こっちは身を隠すのに忙しかったけど、確かに海軍の船だったわ。」

上陸するのに、サニー号の停泊場所がなかなか見つからず、港からだいぶ離れた場所に隠すように停泊した。
そして、賑やかな島の中心街を歩いていくと、何やら不思議な一行とすれ違った。
先頭を歩くのは、華やかな法衣を着けた司祭のようだった。
その後ろから、白いフードを被った付き人達が付き従っている。
にこやかな司祭と違い無表情だ。通りの人々は、敬うように手を合わせている。
しかし、その表情の中に、畏怖の念が見え隠れしている。
「なんか、うさんくせぇな。」
ゾロが、面白くなさそうに呟く。
「確かに、後暗いところ一杯ありそうね。ああゆうのに限って、たんまりお宝、溜め込んでるのよね。」
顎に手をあて、思案している。
「おめぇも、うさんくせぇな。」とニヤリと笑う。
「うっさいっ!」ナミに睨まれた。
「メシメシ〜〜!」ルフィが先を歩いていく。

*******

その夜、たしぎの泊まっている宿に二人の客があった。
一人は、クラム。夕方、兄と一緒に村でとれた果物を届けてくれた。
帰り際、レインからの伝言を教えてくれた。
「ありがとう。気を付けて帰るのよ。」

そして、もう一人は、夜も更けた頃、そっと足音を忍ばせてやってきた。
ノックもせずに、ドアを開ける。ベッドの上に座っているたしぎを見て驚いたようだ。
「どうぞ。」
周囲を気にして、部屋に入って来たのは、村長の息子だった。
声を潜めながら、たしぎに詰め寄る。
「お前、その腕輪・・・どこで手に入れたんだ?なんで、お前がしてるんだっ!」

「レインに貸してもらったんです。あなたに伝わるように。」
じっと、その若者を見つめる。
たしぎの言葉に、偽りは感じられない。
「レインは・・・大丈夫なのか?」
「ええ、落ち着いてるわ。」

ふっと肩の力が抜けた。
「座ったらどうですか?私はたしぎ。あなたは?」
「・・・キト。」
たしぎは、コップに水を注ぐと、キトに手渡す。
一気に飲み干す姿に、疲労が見て取れた。
たしぎは、自分が海軍であることは明かさずに、この祭りの儀式が、 神の花嫁をかたった人身売買の可能性があることを説明した。
同じようなことが、周辺の島々でも起こっているということも。
黙って聞いていたキトは、
「あいつらが、来てからだ・・・」
呻くようにつぶやくと、唇を噛んだ。

「さっき、レインの友達のクラムがやって来たんです。
 レインからの伝言を伝えに。思い出したことがある、神の使者の瞳の色は、燃えるような赤だったと。」

その言葉に、はっとするキト。思い当たる者がいるのだろうか。
つづけて、たしぎは問いかける。
「その花嫁は、誰がどうやって選ぶんですか?」

たしぎの質問にじっと、考え込む。
「まさか、・・・いや、でも。」
キトの中で何か繋がったようだ。
でも、今ここで教えてくれるとは思えない。

「レインは、自分が神の花嫁に選ばれたのが、あなたの答えだと思っています。」
ガバっと顔を上げるキト。
「そんな!」

「私は、レインを助けると約束したんです。」
キトを真っすぐに見つめながら、たしぎは、自分の決意を告げた。


〈続〉