昼間の喧騒は夜になっても続いていた。
盛り場の中の一軒、飲み屋で酔いつぶれている男がいた。
その隣で、静かに酒を味わうのはロロノア・ゾロ。
店主が、そわそわと落ち着かない様子で近づいてきた。
「申し訳ないんだが、お客さん、これから始まる儀式を見に行くから、
一旦、店を閉めるよ。この島中、みんな出かけるからどこの店もそうするんだ。」
「なんだよ、稼ぎ時じゃねぇのか?」
「この島は、信仰にあついんだよ。」
「ふうん。」
店主は、隣の酔いつぶれた男にも声を掛けようとして驚く。
「これは、キトじゃないか!こんな所でなにしてるんだい?早く、村長の元へ。」
「おい、おまえさん、ちょっと手伝ってくれないか?この人を、送り届けなければ。」
店主は、その若者を支えるように起こした。
「うるさい。俺は平気だ。」
キトは店主の手を振り払い、店を出る。しかし、その足取りがおぼつかない。
一緒に店を追い出されるような格好になって、ゾロも店の前にたたずむ。
キトと呼ばれた若者は、身なりもきちんとしていて、
いいところの家の者だろうとゾロは思った。
島の住民たちはぞろぞろと、行列をつくり山の方へと向かっている。
手に手に松明を持ち、点々と明かりが山の中腹へと続いている。
店の主人も、そそくさと行列に加わり、見えなくなってしまった。
「お前は、行列に加わんないのか?」
「・・・僕は、僕はどうすることも出来ない・・・」
ぐっと拳を握り締め、うつ向いたまま、自分に言い聞かせているようだ。
「レインを助け出すことも、この儀式をやめさせることも・・・くそっ。」
若者が睨みつける山の中腹の方向を、ゾロは一緒になって見上げた。
「これから、なにが始まるってんだ?」
*****
時を同じくして、夜の海岸沿いを走る二つの影。
「ルフィ、こっちよ。んもうっ、早く!」
ナミに引っ張られながら、走るのは、麦わらの一味の船長ルフィ。
片手に肉を持ち、口を動かすのに忙しそうだ。
「どこに、行くんだよ?!ナミ。」
「あの商船よ。さっきルフィも見たでしょ。祭りの司祭。
あの法衣の模様。昨日見た商船の積荷に刻印されてたのと同じだった。
やっぱり、あの派手な司祭となんか関係があるはず。きっと、お宝隠してんのよ!」
ナミの目がベリーのマークになっている。
「せっかく、祭りのご馳走食べてたのによ〜!」
ルフィが文句を言う。
「馬鹿ね。船にご馳走なんていくらでもあるわよ!」
「ほんとうかっ?よし、案内しろ!」
「あ、でもお宝が先だからね。海軍が嗅ぎ付ける前に、急がなくちゃ!」
******
ほんの数時間前、たしぎは、レインが乗せられた輿の後を、気づかれないように追っていた。
昨日の夜、キトが帰り際にたしぎに教えてくれた事があった。
用意される輿は三台。一台にレインが乗せられ、残り二台には重りと、お供えの品々が乗せられている。
湖の南に位置する儀式の祭壇に運ばれるのは、重りの入れられた空の輿の方で、
花嫁の乗った輿は湖の西側にある昔からの祭壇に向かうのだと。
司祭の目の前で、湖に火を放たれた輿が投げ込まれる。
そのあと、花嫁がどうなるのかは、自分にも解らないと。
たしぎは、礼を言い、キトの言葉を信じた。
三台の輿は、島民を引き連れた司祭の一行と共に、山の中腹の湖へと向かっていた。
湖の手前で、二つの輿が左右にわかれ別々の方向に運ばれる。
たしぎは、念の為にと部下二人に東へ向かう輿を追わせた。
おそらく、供え物の方にも、何も者かが行くことになっているのだろう。
西へ運ばれた輿は、男四人の手によって、古い石でできた祭壇に置かれた。
辺りは暗く、ザワザワと木々が揺れる音だけが響いている。
時折、聞こえる野鳥の鳴き声が不気味さを一層際立たせる。
男たちは、逃げるように祭壇から離れていった。
たしぎは、男たちの気配が消えるのを待って、静かに輿に近づいた。
もし、中にレインがいなかったら、どうしよう。
そっと、外から掛けられた留め金を外す。
仕切りを外すと、中に純白のドレスを着たレインが横になっていた。
「レイン!」名を呼んで、中から引きずり出すと、呻くように返事をした。
どうやら、薬を嗅がされ眠っていたようだ。頬をピシャピシャと叩いて覚醒させる。
「た、たしぎ。此処は?」
「よかった、気がついて。ここは湖の畔。昔からの祭壇があるところ。
港までの道、分かる?」
「え、ええ。」
たしぎは、よし、と頷くと、素早く服を脱ぎだした。
「さぁ、服を取り替えるんです。そのままじゃ、目立ってしまうから。」
言われるままに、レインはドレスを脱ぎ出す。
たしぎの脱いだ服に手を通しながら、尋ねる。
「たしぎ、あなたはどうするの?」
「私は、代わりにここに居るから。敵の正体を見極めて、捕らえます。」
たしぎの瞳は力強く、レインを見つめる。
「さ、早く。港には、海軍がいます。私の服を着ていれば、解りますから、保護してくれます。」
レインを引っ張って、立たせると、レインが靴を履いていないことに気づく。
花嫁が逃げられないように、裸足なのか!
この山を裸足で逃げるなんて、不可能だ。
たしぎは、黙って履いていたブーツを脱ぐと、レインに履かせる。
「いい?必ず逃げ切ると約束して。あなたの乗る輿を教えてくれたのは、キトよ。
・・・必ず、あなたを待ってるから。」
たしぎの言葉に、レインは、驚き、そして、力強く頷いた。
たしぎは時雨を包んでいた布を取って、レインの顔を覆う。
心配そうなレインに向かって、時雨を掲げ、
「私、こう見えてもめちゃくちゃ強いんです。」とニッコリ笑って見せた。
「さ、早く。」たしぎに促されて、走り出す。
どうか無事に港までたどり着きますように。
闇に紛れて見えなくなるのを確認すると、辺りを見回す。
月明かりだけが唯一の光。湖の畔に炎が見える。儀式が始まっているようだ。
すっと息を呑んで、静かに輿の中に身を置く。
時雨を左に持ち、いつでも抜けるように身をかがめて息を潜めた。
周りの気配に神経を集中させる。
遠くの人々のざわめきとは別に、何かが近づいてくる。
キューキューンと甲高い鳴き声のような音。
ガタガタッという音とともに輿の蓋が開けられると、そこに赤い二つの目が光っていた。
******
祭りの見物に繰り出した島民が居なくなった飲み屋の前では、
さっきの若者が座りこんでいた。
店を出るときに一本頂戴してきた酒瓶を傾けながら、ゾロは、その男の側にいた。
「なぁ、お前、さっき儀式をやめさせるとか言ってたけどよ・・・」
ゾロの言葉に、ぽつりぽつり話し始める。
この儀式を利用した人身売買が行われているらしいと。
「花嫁にレインが選ばれて・・・それを選んだのは、おそらく村長。ボクの父だ・・・」
ゾロの片眉がピクリと動く。
そんで、こいつは動けねぇでこんなとこ居るのか。
「ふん、そんで海兵なんかが隠れてうろちょろしてんのか。こりゃひと騒動ありそうだな。」
「海軍だって?」
「ああ、観光客みたいに普通の格好してよ、昨日から、うじゃうじゃ歩いてんぜ。
その情報、海軍もつかんでるんじゃねぇのか。」
キトの顔に緊張が走る。
儀式を止めることができるのか。
父は、どうなるのか。
二つの想いの狭間で、揺れ動く。どうすればいい。
若者の様子を、面白くないように眺めながら、明かりが灯る山の方を見上げると、
なんだか、見覚えのある女が走ってくる。
いや、同じような格好をしているが、感じが違う。腰に刀も差していない。
ふらつきながらも、懸命に走ってくる女の肩を掴む。
顔に布を巻いていて、よく見えない。
「おい、お前。どうしたんだ!?」
「きゃっ!」いきなりつかまれて、驚いて倒れ込む。
その布が地面に落ちる。現わになった顔を見て、キトが叫ぶ。
「レイン!」
「キト!どうして、ここに?」荒い息づかいが苦しそうだ。
「レイン、花嫁の儀式は・・・」
「港に、行けば海軍がいるからって。逃げなさいって・・・はぁはぁ・・」
キトが走りよって、抱きかかえる。
「・・・よかった。」
「この服を着た奴が言ったんだな?」ゾロが静かに問う。
ゾロの顔を見上げて、レインが頷く。
「そいつは、今何処にいる?」
「湖の、西の祭壇に・・・一人で。」
「あの馬鹿が!」
ゾロは、すくっと立ち上がり、刀の柄に手を添える。
「西の祭壇ってのはどっちだっ?」
レインが指さした方とは、あらぬ方向へと走り出す。
「キト、行って!たしぎを、たしぎを。」
「でも、君は。」
「私は大丈夫、必ず逃げ切ると約束したから。港なら、すぐそこだもの。」
「わかった。・・・村長と関係ある者に、見つからないように。」
そう念を押すと、だいぶ先に行ってしまった男を追いかける。
「おいっ、こっちだ!」
男たちは、山の斜面をかけ登って行った。
〈続〉