「おめでとう!たしぎ!!」
「あ、ありがとう。」
剣道部の仲間たちに揉みくちゃにされた後、ようやく解放されたたしぎの
元に、同級生の葉子ことハコが駆け寄る。
決勝戦を終え、ようやく自分の控え場所に戻ってくると、
全身の力が抜けたように、座り込んだ。
頭の手ぬぐいで、顔を覆う。
まだ心臓がバクバクしてる。
指先がじんと痺れているのを
握ったり開いたりしてほしていく。
「優勝おめでとう。」
ハコの言葉が、じんと胸に響く。
優勝・・・
高校生活のほとんどを費やして、目指した場所。
ようやくこの手に手に入れた。
負けたくやしさから抜け出せず、
逃げ出したくなるような夜もあった。
それも、今日のこ瞬間、全て消え去っていくようだった。
たしぎが、ぼーっとしながら感覚に浸っていると
会場から歓声があがった。
「男子の決勝戦、始まったみたい。」
そわそわして、ハコは早く見に行きたい素振りを隠そうとしない。
「先に行ってて、私もすぐに行くから。」
「わかった。」
走っていくハコの後ろ姿を見ながら、
たしぎは防具を片付ける。
たしぎは地方大会で優勝を果たし、全国大会に出場への切符を手に入れた。
もちろん全国制覇が最終目標ではあるが、いつも地方大会で
惜しいところで優勝を逃してきた。
ここで、勝ちたかった。
次に進むためにも。
たしぎはゆっくりと立ち上がり
ジャージを胴着の上から羽織ると内履きを履いた。
階段を上ると、スタンド席から会場が見渡せる。
目の前で行われているのは、男子個人戦の決勝。
去年、全国で3位となった3年生の対戦相手は
1年生だというのに圧倒的な強さで勝ち上がって注目を集めている。
たしぎのよく知っている男、ロロノア・ゾロだった。
「一本!」
バッと審判の旗があがり、会場が沸いた。
先手、ロロノアが面を決めた。
たしぎは両手を握り合わせて、祈るように試合を見守った。
******
ロロノアとは、小学生の頃から同じ道場に通った仲だった。
その頃のゾロは、たしぎよりも背が低く、
勝負して一度も負けたことがなかった。
「絶対、お前より強くなってやるからな!」が口癖で、
いつも、がむしゃらに練習していた。
たしぎが6年の夏、突然、ゾロは家の事情で引っ越すことになった。
最後に現れた道場での、別れの言葉は、
いつもと変わらなかった。
「いいか、絶対お前より強くなってやるから!」
「約束だよ。」
たしぎが差し出した小指を、絡ませると
少しだけ俯いたゾロの顔は、今でもよく覚えている。
教えてくれた住所は、隣りの県で
年に一度、親同士がやりとりする年賀状で
お互いの様子をうっすらと知ることができた。
強くなろう。
ロロノアに笑われないように。
たしぎは、強くなることを自分に課した。
続けていれば、いつかきっと会える。
中学で一度、大会の出場選手の中に、ロロノアの名前をみつけたが、
会場で顔を合わす機会は訪れなかった。
*****
今日、この地方大会で勝てたら、ロロノアに会いに行こう。
去年の県大会で、3位で地方大会に出場を決めたとき、
悔し涙の中、そう決めた。
高校最後という言葉がたしぎの背中を押す。
そして、今、目の前で試合をしているロロノアは
振るう竹刀に力が漲り、勢いがあった。
誰もが、もしかしたらと思い始めた時、
迎え撃つ王者の剣が動いた。
返し面で一本を取られた後の、ロロノアの動きは
まるで止まってしまったようだった。
時間切れで、延長戦にもつれ込んだが、
相手の渾身の胴が、ゾロの身体を吹っ飛ばした。
賞賛の拍手が鳴り止まぬ中、礼をして試合場を去るゾロを目で追う。
ゾロの高校は、出場選手が個人戦に出るゾロ一人だけで、
顧問の先生が一人付き添っていた。
与えられた控え場所は、会場の隅で、たしぎがようやく探し当てた時には
誰も居なかった。
きちんと防具は片付けられており、帰る支度が出来ている。
「会場整備の者は、表彰式の準備お願いします。15分後に始めま〜す。」
スタッフの拡声器の声が聞こえてきた。
「各校、5分前には整列して下さい。」
急がなきゃ。
たしぎは、少し考えて外履きに履き替えると、
会場の外に出た。
小走りに向かった先は、会場の体育館の側に生えている
大きなケヤキの木だった。
ひときわ大きい幹の影に、寄りかかるゾロの緑の後頭が見えた。
「ロロノア。」
たしぎが声をかけると、びくっとして振り向いた。
「・・・・なんで、ここに・・・」
一瞬驚いた顔が、苦しそうに歪む。
「ご、ごめん。ずっと探してたの。
たぶん、外かなと思って・・・」
小さい頃、たしぎとの勝負に負けると
道場の裏の木の裏で、いつも悔しさに涙していた。
よみがえる記憶。
「なんの、用だ。」
低い声に、思わずドキリとする。
「あ、あの、準優勝おめでとう。げ、元気だった?・・・」
ぎこちなく笑ってみせる。
「負けたんだぜ。何が、おめでとうだ。」
しまった。
そう思ったときには、もう遅かった。
ゾロの冷たい視線が胸に刺さる。
「ご、めん。」
俯くたしぎに、次の言葉が見当たらない。
「たしぎ〜〜!!集合だよ〜〜〜!!!」
振り向くと、会場の出入り口から、顔を覗かせてハコが呼んでいる。
「呼んでるぜ、行けよ。」
「あ、うん・・・」
それでも、何か言いたくてゾロを見つめる。
迷惑そうに眉間を歪ませるゾロの顔が、そこにあった。
「なんで、今なんだよ。」
自分に言った言葉なのか、たしぎに言った言葉なのか
ゾロ自身もわからなかった。
たしぎの瞳が揺れた。
なにか言いたげに口を開きかけて、動きが止まる。
ゾロは、全てを拒否するかのように、顔をそむけた。
ざっ。
足元の草を踏む音がして、たしぎが去っていく気配がする。
視界の端に、たしぎの袴がゆれるのが見えた。
会いたかった。
言おうとしていた言葉は、たしぎに伝えれることなく
ゾロの胸の底に沈んでいった。
〈続〉