「ね、どうだった?」
帰りのバスの中で、隣に座ったハコが聞いてきた。
彼女にだけは、ゾロのことを話してあった。
幼馴染みが、今日の大会に出ていることを。
「でも、すごいね彼。まだ1年だってのに、将来有望じゃん!」
「・・・うん。」
「あれ、あたし、もしかしてお邪魔だった?」
沈んだたしぎの様子に、ハコが気遣う。
「ううん、全然!」
「・・・でも、なんか・・・迷惑そうな顔してた・・・」
「なに、そいつ!」
心配したり、怒ってみたり、同級生で女子剣道部の部長のハコは、
感情がストレートだ。
たしぎは、えへへと笑ってみせる。
「ま、元気そうだったし、うん、よかったよ。」
自分に言い聞かせるように呟くと、
高速に入って単調な景色になった窓の外に、顔を向けた。
何か言いたげな親友は、ぼんやりと外を眺めるたしぎをそっとしておいてくれた。
******
たしぎの元に寒中稽古合宿の知らせが届いたのは
年が明けて間もなくのことだった。
2月11日から15日まで、地方大会の上位の選手達を集めての
強化合宿ということだ。
召集メンバーの中に、ゾロの名前があった。
たしぎの高校からは、女子の団体戦メンバー5人が選ばれていた。
メンバーでもある部長のハコが嬉しそうに話していた。
「ねぇ、チャンスじゃない?バレンタインデーだよ!」
「別に、私、あげるつもりなんか・・・」
ゾロの不機嫌そうな顔が頭に浮かぶ。
あははと笑いながらハコが、たしぎの背中をバンと叩く。
「誰が一人って言ったのよ!女子から男子メンバー全員によ!
これは、一大イベントよ!」
やけに張り切っているハコを見ながら、たしぎは少しだけホッとした。
そして、それならロロノアにも渡せるかもしれないと、
たしぎは思った。
******
1月の半ばから、3年生はほぼ自由登校となっていた。
受験する者、就職する者、それぞれの進路にあわせて
皆、準備に忙しい。
合宿に参加する3年のメンバーは皆、進路が決まっていた。
たしぎは、剣道の成績が認められて、推薦で大学に進む。
将来は、学校の先生になって子供たちに剣道を教えていきたいと
考えるようになっていた。
剣道は、すっと続けていきたいし、携わっていたい。
そんなたしぎを『剣道バカ』とハコは言う。
たしぎは、ハコも同じ『剣道バカ』だと思う。
「あたしは、警察官になるの。
悪い奴を、片っ端からやっつけてやるわ!」
そう言っていたハコは、宣言どおり県警に採用が決まった。
進路は違っても、続けていればまた竹刀をあわせられるよね。
進路を報告しあった時、二人握手した日を覚えている。
道場の先生から教えられた言葉が、今でもたしぎの胸にある。
「剣道は、相手がいなければ出来ません。」
勝った負けたも、相手がいるからこそのこと。
負けた相手にこそ、感謝です。
一人じゃ学べません。
相対してからこそ、見えてくるものがあるのです。
ふと、一人でいるゾロの姿が浮かんだ。
どうしているのかな。
やっぱり、会いたい。
たしぎは、いつしか合宿の日を心待ちにしていた。
******
寒中稽古合宿のメンバーは総勢30名、
2年生が中心となり、3年生は後輩の指導中心に進められた。
思い切り部活に参加することも少なくなった3年生にとっては、
同じレベルの相手に思い切りぶつかっていけるとあって、
日ごろの不満を解消するかのように、皆張り切っていた。
「まだまだ、ついてけないっすよ。」
汗を拭きながら、後輩達が笑う。
そんな中、ゾロだけがギラギラと目を光らせて
3年の先輩達に、闘志をむき出しにして挑んでいた。
たしぎと目が会うことは一度もなかった。
嫌われちゃったのかな。
たしぎは、考えまいとしながらも
徐々にゾロの視界から逃れるように行動していた。
「少しは、みんなと話せばいいのにね。」
食堂で、一番の楽しみの夕飯を食べながらハコが話し出す。
「ダイチ君だって、教えるどころか、常に勝負する気で向かってくるから、
やりづらいって言ってたよ。」
ダイチとは、ゾロが戦って敗れた決勝戦の相手だ。
みんなからの信望も厚く、リーダー的な存在だ。
よくハコと一緒に、打ち合わせをしている。
「ゾロの学校は、剣道部員、彼一人だっていうしね。」
「そうなんだ。」
稽古する相手もなく、ロロノアはどうやって強くなってきたのだろう。
ゾロの置かれた状況を思うと、たしぎは沈んだ気持ちになった。
*****
バレンタイの前日、女子の部屋は、くじ引きで盛り上がっていた。
合宿前に、みんな一つずつ男子全員分のチョコを用意し、
まとめて渡す約束をしていた。
たしぎも前の日曜日に、ハコと一緒にチョコクッキーを作った。
一枚ずつラッピングして、リボンをかけると、
それなりに美味しそうに見えた。
女子全員分の15個のチョコレートやクッキーを集めると
とても豪華なものになった。
それを箱や籠に盛り付ける。
「よ〜し、じゃあ一人ずつ行くよ。」
ハコが入れ物を持って、順番に回る。
誰が誰に渡すかのくじ引きだ。
あちこちで声があがる。
意中の人に当たれば、いいチャンスになる。
皆、密かに特別なチョコレートを準備してきてる様だ。
たしぎもくじを引いた。
2年生のコウシ君の名前が書いてあった。
素直で、よく気が利く後輩だ。
「どうだった?」
ハコがくじを覗く。
「うん、コーシ君だった。」
「へぇ。」
意味深な顔をする。
「えぇ、どうしよう!ちょっと苦手だな。」
「え?誰?」
「1年のゾロって子。なんか、とっつきにくくて・・・
誰ともあんまり話さないし。」
そんな声が聞こえてきた。
「じゃあ、交換する?」
ハコが明るく申し出る。
「いいの?」
「オッケー、オッケー。みんなも、交渉ありよ!」
わぁと部屋中が盛り上がる。
ハコは、さっとたしぎのくじを取ると、ゾロの名前の書いてあるくじと交換してしまった。
「はい、これ。」
たしぎにくじを渡すと、ニコリと笑う。
とまどいながらも、たしぎは、別に持ってきたチョコも渡せるかもしれないと
考え始めていた。
〈続〉