やけに騒々しい夕食が終わると、ハコがおもむろに立ち上がった。
「は〜い!先生方、男子!女子部員全員から
渡したいものがありま〜す!」
期待の表れか、ザワザワと食堂が余計に騒がしくなる。
「まずは、先生方から!」
女子代表の5人が前に出て、先生たちに市販のチョコレートを渡す。
「おっ、バレンタインデーか?!」
「わかった、わかった、そんなに先生のこと好きなのかぁ。」
みんなデレデレと嬉しさを隠そうともしない。
「ぜ〜んぶ義理チョコですから!お返し、期待してま〜す!」
ハコの素直な言葉に、一斉に苦笑いに変わる。
とっとと先生達を食堂の隅に追いやると、
女子が隠してあったチョコレートの包みを手に集まってきた。
「じゃあみんないい? 男子、整列〜!」
「え〜!」
「めんどくさいなぁ。」
口々に文句を言いながらも、ハコの指示に素直に従う男子部員達。
女子部員達は、渡す相手の男子部員の前に並び始める。
たしぎはパーカーのお腹に忍ばせた小さい包みを気にしながら、
みんなで作ったチョコの盛り合わせの籠を手に、緑の髪を探した。
あれ、ロロノアが居ない。
さっきまでいたのに。
キョロキョロと、食堂を見渡しても見つからない。
いやな予感とともに、そっと食堂のドアを開けて、
廊下に出た。
ペタペタとスリッパの音をさせて、
丁度、廊下の角を曲がるゾロのジャージが目に入った。
******
「ロロノア!」
たしぎの呼び声に、部屋に戻ろうとしていたゾロは足を止めた。
パタパタと走ってくる音がする。
振り向くとラッピングされた山盛りのチョコレートを抱えて
たしぎが近づいてくる。
マジでめんどくせぇ。
食堂で、バレンタイデーだと言って女子部員が先生達にチョコを渡すのを見て、
付き合ってられないと、一人抜け出したのだ。
「待って!」
息を弾ませ走ってきたたしぎが、ゾロの目の前に立った。
「これ、みんなで作ったの。はい!」
ゾロは、ちらっと包みを覗き込むと、ふっと横を向く。
「いらねぇ。オレ、甘いもん嫌いだもん。」
「そんな!みんなで準備したんだよ!」
むっとして行こうとするゾロの袖を
たしぎは、思わず引っ張った。
「やなんだよ!そういうの!」
払った腕が、たしぎのもっていた包みを落とした。
「あっ!」
廊下に落ちた包みを見つめるたしぎ。
「・・・・」
しまった。
キッと見上げるたしぎの瞳は、すこし濡れていて
刺すように鋭かった。
「ロロノア!少しはみんなの気持ちをわかってよ!」
ムキになって言うたしぎに、怒りを覚える。
みんな、みんなって、オレの気持ちはどうなんだよ!
一歩、たしぎに向かって踏み出すと、左手で肩を掴んだ。
気おされて後ずさるたしぎの背中が
バランスを崩して横の壁に触れた。
イラつくゾロは、思い切りたしぎの顔の横の壁を右手で叩いた。
ドン!
大きな音と衝撃に、たしぎは目を見開いたまま固まってしまう。
顔をあげられもせず、目の前に迫るゾロの胸板に視界を奪われていた。
「オレは、お前のチョコしか欲しくねぇんだよ!」
たしぎの頭上から思いがけない言葉が降ってくる。
それって・・・
確かめようにも、顔をあげれば触れてしまいそうな距離で
どうすることも出来なかった。
「ずっと・・・会いたかった・・・・」
声が震えてしまう。
でも、伝えたい。ずっと、ずっと思っていたこと。
「わたし・・・ロロノアが・・・」
今にもゾロの胸にくっつきそうなまつ毛が、濡れている。
たしぎの言葉ひとつひとつに、ゾロは心臓を鷲掴みにされる。
これ以上、お前に言わせる訳には、いかないだろ。
「好きだ!」
「好きなの。」
重なる声。
大きく見開かれたたしぎの瞳が、ゾロを捉える。
「忘れられなかったのは、オレの方だ。ずっと・・・
ずっと、お前に会いたかった。
強くなって、追いつきたかった。
優勝したら、お前に会い行くって決めてて・・・
なのに、なのに、負けちまって・・・」
意地張って、強がって、向き合おうともせず、お前から逃げてた。
こんなにも、真っ直ぐにオレを見てくれるってのに。
「オレは、まだまだ弱いけど、たしぎ・・・お前が好きだ。」
信じられないといった顔で、ゾロを見つめるたしぎ。
二人の間の時間が止まったようだった。
どうしたらいいんだ。
こんな状況になるなんて、ゾロは思ってもみなかった。
壁からどけようとした手が、たしぎの髪に触れる。
そのまま、なでるようにたしぎの頭を抱えた。
胸に触れるたしぎの額。
バクハツしそうな心臓の音が、聞こえてしまわないかと
余計に鼓動が早くなった。
静かに寄り添うたしぎを、本気で抱きしめる覚悟で
手のひらに力を込めようとした瞬間、ドヤドヤと足音が聞こえた。
「やっと、白状したね。」
「ほんと、世話がやけるわ〜。」
パッと二人の身体が離れる。
「なに見てんすかっ!!!!」
「み、みんな・・・び、びっくりしたぁ。」
真っ赤な顔の二人の足元には、女子部員からの
チョコ盛り合わせが転がっている。
「これは、必要ないみたいね。はい、没収!
女子みんなで食べようね。」
うろたえまくる二人を温かい目で見守りながら
近づく部員達。
「ほんと、意地っ張りなんだから、二人とも。」
「ハコ。」
「ちゃんと部屋戻れよぉ、ゾロ。」
ダイチが笑いながら通り過ぎていく。
ぞろぞろと二人の脇を囃し立てながら通り過ぎていく部員達。
「なんだよ、彼女まで先越されたなぁ。」
「あぁ、俺らのたしぎ先輩がぁ・・・」
********
呆然としている二人が廊下に残された。
「あ、あるよ・・・ロロノアのチョコ、持ってる。」
思い出したように、たしぎが話し出した。
たしぎはパーカーのジッパーを下ろした。
そこに忍ばせていた小さい包みを取り出す。
「これ。」
たしぎの手は、ゾロのために用意した手作りのクッキーがあった。
「あっ!割れちゃってる!」
たしぎの眉間に皺が寄る。
ハート型のクッキーは見事に割れていた。
「あぁああ。」
がっくりと肩を落とすたしを、ゾロはたまらなく可愛いと思った。
「オレんだろ?もらっとく。」
「でも、甘いもの嫌いだって。」
「別腹。」
「部屋、戻るか。また何言われるかわかんねぇし。」
「うん。」
どちらともなく歩き出した。
ペタペタとスリッパの音だけが静かな廊下に響く。
「・・・オレ、剣道やっててよかった。」
「わたしも・・・」
胸があたたかい。
長かった冬は、もう終わりだとたしぎは思った。
〈完〉