噛み傷 4

サンジが作ってくれた栄養満点の食事を、クルー達が交代で 運んでくれたおかげで、 たしぎは少しずつ、回復していった。
ベッドの上で起き上がれるようにまでなった。
「そろそろ、戻らないと・・・」
「そうだな、でも、まだ歩くのは無理だ。」

平気だと言って、立ち上がろうとしたが、 身体に力が入らずに、ペタンと腰をついてしまった。
「無理すんじゃねぇ。」
離れて見ていたゾロが、キツイ口調で言い放った。

その日の夜、たしぎはゾロにおぶわれて、 海軍の駐屯所に向かっていた。
ウソップが先導して、後からチョッパーも見守りながら 着いてきてくれた。

あれから、ゾロはたしぎと目を合わせようとはしなかった。
話しかけようとすると、すっと離れていってしまう。

何度も、お礼を言おうと思ったが、その度にはぐらかされてしまっていた。
ゾロの背中で、やっと言えた。
「助けてくれて、ありがとう・・・ございます。」 それでも、ゾロは無言だった。
そして、ようやく目的地が見えた時、口を開いた。
「なんで、泣いた。」
「・・・?いつ・・・ですか?」

「熱が下がって、目が覚めたときだ。」

「お、覚えて・・・いません・・・。」

ゾロは、少しホッとした。 あの涙はオレのせいじゃなかった。

たしぎは、ゾロの肩にとんっと頭を乗せる。
あのとき噛まれた所がじんわりと熱を帯びる。

「痛かったですか?」
「何でもねえ。」
ぶっきらぼうに答える。ゾロの肩が心地よかった。

駐屯所の見張りに見つからないように、少し離れた所に たしぎを降す。

「あ、あの、本当に、いろいろ、ありがとうございました。」 たしぎは、深く頭を下げる。

「じゃ、無理すんなよ。」
「二週間は安静にしろよ。」 ウソップ、チョッパーが声をかける。

「お〜〜い、誰かここに倒れているぞ〜〜〜!」 ウソップが、大声をあげる。
バラバラと海軍の者が、走ってくるのが見えた。

「じゃあな。」 三人は、たしぎを置いて走り去る。

ふと、ゾロが立ち止まって振り返ると、 たしぎがじっと見つめていた。

何か、言おうとしたが、言うべき言葉が、見つからなかった。

そのまま、何も言えずに走り出した。

「大丈夫ですか?」と走って来た海兵に声を掛けられた時には、 もう三人の姿は見えなくなっていた。


********

軍の医務室に運ばれたたしぎの元にスモーカーが現れた。
軍医の診察を終え、治療も完璧で、順調に回復していると言われた。
「申し訳ありません。ご心配おかけしました。」 ベッドの上で頭を下げる。
「いや、心配はあんまりしてなかったがな。」
「は?」
「いや、連絡があった。誰か知らんが、お前が、傷を負って治療中だと。  落ち着いたら、送り届けると。」

いつのまに連絡したのだろう。 ウソップさんに違いない。 気の付く人だ。
そうした心遣いが、たしぎには有り難かった。
「変な奴らだろ。逃げたり、助けたり、戦ったり。  オレもアラバスタで、一度助けられたことがある。  海賊のくせに、不思議な連中だ。」

そんなことがあったのかと、たしぎは驚く。 と同時に、浮かんだ疑問を投げかける。
「む、麦わらの一味に助けられたって、なんでご存知なんですか?」
「ん?・・・ああ・・・ま、大事にしろよ。」 なんとなくはぐらかされたまま、スモーカーは戻っていった。

一方、海上では無事に出航したサニー号で 船長と副船長が話していた。
「悪かったな、出航遅れちまって。」
「うん?何でもねえよ。  しっかし、よかったな、助かって。」
「ああ、チョッパーがいてくれたお陰だ。」

「ま、大丈夫だ。オレ、ちゃんとケムリンに言っといたから。」
「?!会ったのか?あいつに。」
「ああ、あいつんとこ行って、メガネの女は、うちで預かってるって。  おまえの部下なら、無茶させんじゃねえって。」
ゾロは、返す言葉が出てこなかった。

「いいのか?このままで。」
「いいも、悪いも、最初からどうする気もねえよ。」 あいつは、出会った時から海軍だったし、オレは海賊だった。 「だからよ、ちゃんと言っといた訳だ。」 ししし、と笑ってルフィは行ってしまった。

確かに、たしぎには生きていて欲しいと、願った。
でも、どうしてルフィがそれを。
いや、深い意味などないのかもしれない、こいつの行動には。
でも、ゾロは、ルフィには敵わないな、と空を仰いだ。

日が暮れて、風が冷たく感じる。
たしぎが噛んだ肩が、温もりを思い出させた。


<完>


B'z "スイマー" の「ストロー噛むなら僕を噛んで」より