噛み傷 3

「ゾロ、戻ったぞ。」
チョッパーに声を掛けられるまで、気づかなかった。
「・・・ああ。」 と、顔をあげると、チョッパーが大きな鞄から、 薬や医療道具を取り出していた。

「熱はどうだ?」 と聞かれたが、ゾロにはよくわからなかった。
ただ、さっきの血の気のない人形のような、白い顔ではなく、 赤みが差していた。

「さっき、ずっと震えていた。」 ゆっくり、身体を離すと、たしぎをベッドに寝かせた。
まとっていた布が落ちると、胸があらわになった。 目のやり場に困り、急いで上着を掛ける。

チョッパーが、ナミから着替えを持たされたらしく、 服着せてくれ、とほうってよこしたが、
「オレは、外に出てる。」 と言うと、ゾロはその場を離れた。
小屋の外には、ウソップが居た。 チョッパーを手伝って、水や食料を運んで来てくれたのだ。

「おい、大丈夫か?ゾロ。」 水の入ったボトルを差し出す。
「ああ、ありがと。」 ボトルを受け取り、一口飲むと 残りを頭から掛けた。

「サンジから、食料も持たされた。なんか、腹に入れといたほうがいいぞ。」
ゾロが思ったより憔悴しきっていたのに、ウソップは少し驚いた。

「一体、どうしたんだ?」
「ん?ああ、背中から、切りつけられたみたいだ。」

「ゾロ、安心しろよ。チョッパーがついてるんだし、 おまえが、そんな顔して、どうすんだよ。」
ウソップが、元気づけようとしてくれるのが、よくわかった。
「・・・ああ、そうだな。」 少し笑う。

失う恐怖を知ってしまった。
仲間なら、平気だ。
オレが守ってやれる。
でも、あいつは。
あいつは、オレの手の届かないところで、こうやって傷ついて オレの知らない間に、死んでしまうんじゃないか。
それが、怖かった。
でも、どうしたらいいのか、ゾロには解らなかった。

「じゃあ、オレは、少し街の様子みてから、船に戻るな。  また、明日来るからな。」
ウソップは、立ち上がって、街の方へ歩いていった。

気がつくと、日は暮れて、宵闇が辺りを包み込んでいた。
今夜は、雲りのようだ。
月が見えねえ。


********

小屋に戻ると、たしぎは点滴をつけられて、 毛布も掛けられていた。
やはり、熱がでたと、チョッパーが教えてくれた。

呼吸が速い。 苦しそうだ。

「薬は、投与したけど、だいぶ体力を消耗してたから、 この二、三日がやまだな。」
「そうか。」
「ゾロもなんか食っとけよ。もたねえぞ。」
「ああ。そうだな。」

それから、昼夜交代しながら、様子を見守った。
汗を拭いたり、点滴が終わりそうになれば、チョッパーを呼び、
他に、何もすることはなかったが、 ゾロは、たしぎのそばを離れようとはしなかった。
ベッドの足元に座り込んで、呼べばすぐに起きた。
そして、三日目の朝。
たしぎの額に手を触れると、熱が引いていた。 頬や首すじに手をやっても、やはり熱は下がっていた。
「おい、チョッパー。熱が、下がったぞ。」
「ん〜〜、もう食えねぇ。コンニャロ〜・・・」
チョッパーも連日の看病で疲れたのだろう、ゾロの呼びかけにも 眠ったままだ。

朝日が、窓から差し込んでくる。
潤んだまつ毛が、陽の光を受けて輝いている。
呼吸もゆっくりだ。

たしぎの乾いた唇を指先で、そっとなぞる。
じっと、たしぎの顔を見つめる。

「・・・ふ・・・」 たしぎが身じろぐ。
ゾロは身体を起こして、少し離れる。 何やってんだ、オレは。

目覚めたたしぎが、空を見つめる。 虚ろな視線が、ゾロの所で止まったように思えた。
たしぎが、ゆっくりと瞼を閉じると、 そこから涙が一筋流れ落ちた。

たしぎの涙を見て、ますます気が咎める。

チョッパーを揺り起こして、知らせる。

「気分はどうだ?」
「・・・こ、ここは?」
「山ん中の小屋だ。安心しろ。傷も縫ったから。」

「む、麦わらの・・・」
「ああ、オレは医者だ。」
たしぎは頭を動かし、ゾロを探しているようだった。


  <続>