噛み傷 2

チョッパーが見つけた近くの小屋にたしぎを運んだ時には 陽がだいぶ西に傾いていた。

その小屋は、猟師が冬場に使うような場所で、 ひと通りの物は揃っていた。
たしぎをベッドに横向きに寝かせると、 急いでストーブに薪をくべ、火をつける。
鍋一杯に、水を入れ、湯を沸かす。 チョッパーは、携帯している応急処置の道具を取り出す。
「よし、傷口を洗うぞ。」 たしぎのシャツを取り去ると、ボトルいっぱいの水を傷口にかける。
「う・・・うあ・・・」 苦しそうに呻く。気がついたようだ。
「よし、洗浄終わり。」 ゾロを見て、「次は、傷口を縫う。麻酔は無いから、ゾロ動かないように押さえておいてくれるか。」
「わかった。」

ゾロは、耳元で話しかける。
「いいか、これから切られた傷口を縫う。麻酔はない。  我慢できるか?」
たしぎが無言で微かに肯く。

寝かせたまま、上から押さえる。
「う・・・あぁああ!」
たしぎがのけ反る。そして、自分の右手で顔を覆うと ぐっと手のひらを噛んで、痛みに耐えようとする。
それを見たゾロは、チョッパーの手を止めて、 たしぎを自分の膝の上に向かい合わせに座らせて、かかえるように抱く。
後頭部を支え、自分の肩にたしぎの顔を乗せる。 そして、左半身をしっかりと自分の体に密着させて固定する。

「噛むなら、オレを噛め。」

チョッパーに続けるように視線を送る。
チョッパーも、頷くと再び針を動かす。
「・・・・!・・・ぐっ!」
時折、息が漏れるが、たしぎはゾロにしっかり支えられ、 背中にしがみつきながら、痛みに耐えていた。
ゾロの肩を傷つけてはいけない、との気遣いが、 歯をたてるのをためらわせる。
でも、ゾロの手がびくとも動かないので、どうしても、顔を押し付けてしまう。
ひと針ごとに、歯が食い込む。
「・・・っふ・・・うっ・・・」

「よし、終わった。」
チョッパーのその言葉を聞いたとたん、たしぎの身体から 力が抜ける。崩れ落ちるように、気を失った。

気丈な女だ。

ゾロは、そっと横にならせる。 チョッパーは、傷口をガーゼで覆うと、 道具を仕舞い始める。
「オレ、一旦船に戻って、必要なものを取ってくる。 傷は塞いだが、まだ安心できない。感染症が心配なんだ。」
「わかった。何に注意してればいい?」
「おそらく熱が出るだろうから、身体を暖めていてくれ。」
そう言うと、チョッパーは二人を残して、二、三時間で戻ると、船へ向かった。

チョパーが戻るまでの時間が永遠のように感じられた。
たしぎの体は冷たく血の気がなかった。 顔を近づけなければ、息をしているのかも分らない程だった。

思い出すのは、幼い親友の亡骸。
それは、冷たく、ひと目見ただけで、 そこに命がないことが、はっきり分かった。
子供心に、恐ろしかった。
人の死というものを初めて実感した。

たしぎが大きく息を吸い込む。 そして、自分を抱え込むようにして、震え出す。

「・・・う・・・」
「寒いのか?」 ゾロの問いかけに反応はない。
部屋は、ストーブもついていて、十分に暖まっていた。
たしぎの着ていたものは、傷を縫う際に、取り去ってしまい、 今は、薄い布を体に巻きつけ、上からゾロの上着を掛けているだけだった。

ゾロは立ち上がり、たしぎの寝ているベッドに腰掛ける。
たしぎを抱き起こすと、まとっていた布を取り去ると、 後ろから包み込むように抱きすくめて、身体を密着させる。
そして、自分の体と一緒に布を巻きつける。


生きろ。

もう二度と失いたくない。


  <続>