花信風


アパートの部屋で、寝ころんだまま ゾロは考えていた。

バレンタインの日に聞いたたしぎの声。

だいすき


あれから、毎日、頭の中でリピートしている。
自然と顔が緩む。


でもなぁ・・・


まだ、ちゃんとキスしてねぇ。



目下の、ゾロの気がかりは、この事だった。



******


最初は、いきなりアパートに押しかけて来たあいつに、
別れ際、オレが、強引にしたんだっけ。

でも、その後すぐ、「ごめんね。」ってたしぎから、してきた。

その意味が、何だったのか、未だ、よくわからない。

それでもよかった。


そして、クリスマスの日。
熱出して、寝てたオレに、触れたのは確かに、たしぎの唇だった。
はずだ・・・
いまいち、記憶が曖昧だ。

でも、あれも、たしぎからだ。


あんな形でも、初めてキスしてから
もう一年、経とうとしている。

たしぎの気持ちが、はっきり知ったのは、ついこの間の
バレンタインの時だ。

ずいぶん前から、一緒に過ごしてるように感じるのは
何故なんだろう。


初めて抱きしめた、あのやわらかさ。
その先に、何があるのか・・・

もっと、触れていたい。


堂々巡りの思考と感情に、歯止めがきかない。


こういう事は、自然に、
成行きにまかせて・・・


アパートに送って行った時か?
大学で?
オレの部屋?


考えてたって、しょうがねぇ。

苛立ちながら、立ち上がる。
分かってるのは、欲求不満って事だ。


タオルを手にとると、夜の街を走りに 部屋を後にした。


******


「いらっしゃいませ。」
ビビの明るい声が迎えてくれる、此処はレストラン『オールブルー』。

次の日、ゾロは、いつものように、カウンターに腰掛けると
「ランチ一つ。」と注文する。

「はいよ。」
サンジが、運んできた皿を、きれいに平らげ、ほっと一息つく。

タイミングよく、運ばれたコーヒーに、顔を上げると
にかーっと不気味な笑みを浮かべて、サンジがこっちを見ている。

「な、なんだよ。」
思わず、のけぞる。

「なんか、言うことねぇのかよ。」

「あ?・・・あぁ・・・まぁ、あんがとな。この間は。」

「で?」

「でって、何だよ。」

「どうなったんだよ、それから!」

「どうって、別に・・・」
口ごもるゾロ。

ふふふと、微笑みながら、ビビまでやって来た。

「なんなんだよっ!お前ら!人をからかいやがって。」

「だって、ものすごく、いい雰囲気でしたよ。」

「お前に愛想つかしたら、いつでもこの俺が
 お待ちしてますって、伝えてくれよ。」
サンジが、真面目な顔で言う。

それを黙って睨みつけると、ゾロは無言でコーヒーをすすった。


******


ゾロは、オールブルーを出ると、大学へ向かった。
部室に顔を出す。

部室には、ペローナが居た。

「なんだ?まだ居たのか。」

「うわっ!なんだ、急に、びっくりするじゃねぇか!」
慌てて立ち上がるペローナ。

「別に、部員がいつ来たって悪かねぇだろ。」

「そりゃ、そうだけど・・・」
口をとがらせて、横を向く。
「で、何しに来た?忘れ物か?」

「いや、スパイクの手入れとちょっと筋トレ
 しようと思って。」

「ふぅん、熱心だな。」


しばらく、ゾロはペローナの近くに座り、 スパイクの汚れを拭いていた。
ペローナは、なにやら書き物をしている。

「何、書いてんだ?」
「これか?各競技の練習メニューに、
 個人ごと、メニューを加えてんだ。」
「へぇ、お前、案外、まめだな。」
「し、失礼な奴だ。」
ほのかに赤くなるペローナに、ゾロは気付かない。
「じゃあ、オレのアドバイスは?」

「ソロのか?・・・お前のは・・・特にない。」
「なんだ?そりゃ。」
「強いて言えば、練習のしすぎで、身体壊すなって所だな。」
ペローナが、ゾロを見つめた。
「そうか、気をつける。」
手元に視線を戻して、スパイクを磨くゾロの様子を
ペローナは黙って見ていた。


「よっしゃ、これでOKだ。バーベル、空いてんだろ?」

「あぁ、手伝おうか?」

「ん、一人で大丈夫だけど、ま、無理しねぇように
 見張っとくか?」

「うん。」
ペローナは、嬉しそうに立ち上がると、タオルを手にゾロの後をついて行った。


*****

「お疲れ。」
「お疲れ、すっかり付き合わせちまったな、わりい。」
「いや、なんでもない。」

「何か、飲むか?買ってくる。」
ゾロが、親指で外の自販機を指し示す。

「一緒に行く。」
ペローナは立ち上がると、ゾロの後を追った。


「ココア?ったくこんな甘いのよく飲めるな。」
「うるさいっ!」

ガタンと落ちてきた缶を取り出して、ペローナに渡す。

「ありがと。」

ゾロも、自分のスポーツドリンクも取り出してキャップをまわし、
部室に戻りながら、口をつける。


不意に、ゾロの携帯が鳴る。
取り出して、画面を見ている。


あの人は、お前の彼女なのか?

ゾロの背中を見つめながら、ペローナは、心の中で呟いてみる。

その言葉をココアと一緒に飲み込む。


立ち止まったペローナにゾロが気付く。

「どうした?」

「いや、何でもない。」


部室に戻ると、荷物を手にしながら、ゾロが尋ねる。
「お前、まだ、居るのか?」

「あ、ああ。もうすぐ、帰るけど。」

「そうか、気を付けて帰れよ。じゃ、またな。」


出ていくゾロを見送ると、ペタンとベンチに腰を降ろした。
握り締めたまま、すっかりぬるくなったココアを一口飲んだ。

「ばかやろう・・・」

嬉しかったんだから。
あたしの気持ちなんか、これっぽちも気付かないんだな・・・

ペローナは小さく呟いた。


〈続〉