アレンデールの国中が華やかに飾られていた。
二週間後に控えた、アナ王女とクリストフの結婚式の準備のためだ。
あれから二年の月日が過ぎていた。
アレンデール王国は、落ち着きを取り戻し、
エルサは女王として、国をおさめていた。
むろん、国中がエルサの魔法のことは知っている。
それでもなお、愛する心を取り戻した女王として、
国民から愛されていた。
エルサはアナの結婚を心から喜んでいた。
命をかけて自分を助けてくれた妹には、何がなんでも幸せになってもらいたい。
アナが選んだ相手はクリストフだった。
執務を執り行いながら、エルサはクリストフを見てきた。
真面目で、優しい。そして何よりもアナを愛している。
その表情、しぐさ、振る舞いから、彼は信用に値すると
エルサは結婚を許した。
もっと早い時期から、アナからは結婚したいと言われていたが、
一度ひどい目にあった妹を心配するあまり、
エルサはどうしても慎重になっていたのだった。
その元凶ともいえる男の名は
ハンス・ウェスターガード
サザンアイルズ王国の第13王子だ。
今、まさにエルサが結婚式の招待状を出そうとしている相手だ。
サザンアイルズ王国は、今でも友好国だ。
最後まで迷ったが、エルサはもう一度ハンスを話したいと思った。
アナが気にするだろうかと
昨晩、アナに相談すると、笑って答えてくれた。
「全然気にしないわ。
あ、クリストフが妬いちゃうかも!どうしよう!
ううん!きっと彼なら大丈夫よ!だって私を愛しているんだもの!」
終わらないのろけ話を始めそうなアナに、エルサは胸を撫で下ろした。
真実の愛は、ひとを強くする。
そんな想いが浮かんだ。
アナはもう傷ついていないわ。
エルサは招待状にハンスの名前を書き、
封筒に入れると、溶けた蝋を垂らし、封印を押しつけた。
ふうっと息を吹きかけると、柔らかい蝋は、すぐに固くなった。
******
ハンスが自国に強制送還される前夜、
エルサはハンスが幽閉されている牢を訪れた。
一つ、聞きたいことがあった。
「なぜ、氷の城で私を止めたの?」
今でも耳に残っているハンスの声。
「バケモノになるな!」
あの一言で、私は人殺しにならずに済んだ。
誰にも心を開くまいとした私に、まっすぐに届いた声だった。
恐怖で力をコントロールできなくなっていた私。
あのまま、力を使っていたら・・・
ぶるっ。
エルサは身震いをすると、自分を抱きしめた。
冷たい石の床に繋がれたハンスの顔は
どこか、ほっとしているようだった。
差し込む月の明かりを受けたブルーの瞳を
エルサは、美しいと思った。
エルサの問いに、ハンスは前を見つめたまま無表情に答えた。
「あなたが、この国を救えると思ったから。」
「そう・・・」
エルサはその答えに少し落胆した。
何を期待したのかしら・・・
「でも、あなたは私を殺そうとしたわ。」
「・・・・」
ハンスの瞳が揺らいだ。
「あのままでは、あなたの魔法でこの国は滅びていた・・・」
ハンスの言う通りだった。
アナを自らの魔法で殺してしまったと信じた私には
あのまま生きながらえる意味などなかった。
雪がアレンデールのすべてを覆い尽くそうとしていた。
思い通りにならない己の能力を、あれほど呪ったことはない。
私を殺して!
荒れ狂う吹雪の中、私を見つけ、剣を振りかざし、
まっすぐに向かってくるハンスの姿を見つけたとたん、身体の力が抜けた。
エルサは、そのまま何も言わずに牢を離れた。
*******
「この国を・・・」
何度もハンスの口から聞いた言葉。
何故これほどまでに、アレンデールを救おうとしてくれたの?
「この国の王になりたかっただけなの!彼は、私を騙したのよ!」
アナの言葉どおりには、どうしても彼を断罪しきれなかった。
自分とアナが不在の間、アレンデールを守ってくれたのはハンスだと知り、
エルサは秘かに一通の書簡を家臣に託した。
****
ハンス王子は、我がアデレールの危機を救うべく
尽力していただいた。彼の行為は、我が国の行く末を
案じてのこと故、何卒、御寛大な処遇をハンス王子にお与えください。
アレンデール エルサ女王
****
その後のハンスが、どういう状況であったのかエルサは知らされていない。
アレンデールを訪れるサザンアイルズ王国の使者は、いつも家臣だ。
ハンス王子の様子を尋ねると、あいまいな答えしか返ってこなかった。
国を治める者として、あの時のハンスの行動を振り返ると
もしかしたら彼は正しかったのかもしれない。
このニ年、がむしゃらに国の政を担いながら、
常に自分に問いかけてきた。
国の為になっているのか。
その度に、エルサの頭に浮かぶ顔は、ハンス王子だった。
ただ一人の妹が独り立ちするのが、少し寂しくもあった。
また一人になるのね。
頭を左右に振って、そんな想いを振り払う。
国民も家臣も皆、自分を慕ってくれている。
もちろんアナも、クリストフも、家族だ。
とても、幸せなのに・・・
心が何かを求めているようだった。
国王の幸せとは、国民が幸せであること。
あれほど国王になりたかったハンスは、
今、どう答えるだろう。
エルサは、御付きの侍女を呼ぶと封筒を手渡した。
〈続〉