高らかなファンファーレと共に
客人の入場が伝えられた。
「サザンアイルズ王国ハンス王子〜!」
エルサの顔に緊張が走った。
大広間には数多くの招待客が飲み物を手に、明日の結婚式の話に華を咲かせていた。
にこやかに客人達の間をすりぬけ、王座に戻る。
こほんと咳を一つして、背筋を伸ばした。
ハンスがエルサの前に進みでる。
「アレンデール王国エルサ女王におかれましては、
ますますご健勝のことと存じます。」
お決まりの口上を述べると、うやうやしくこうべを垂れる。
「この度は、アナ王女のご結婚の儀にお招きいただき、
恐悦至極に存じます。」
顔をあげたハンスを見て、エルサは言葉が出てこなかった。
すらりとした体つきは、以前と同じだが、
前には無かった安定感を醸し出している。
長い前髪がはらりと頬に落ちる。
全体的に伸びた髪は、少し痩せた顔によく似合っていた。
「ご、ごきげんよう。ずいぶん久しぶりですね。」
上ずる声で、ようやくエルサは口を開いた。
「エルサ女王におられましては、お変わりなく美しくあられます。」
口角をあげるも、ハンスの目は笑っていない。
エルサは、急に心がしぼんでいくような気がした。
「どうぞ、ゆっくり滞在していって下さい。」
ハンスにそう告げると、マントをなびかせ、広間を後にした。
出ていくエルサの後ろ姿を、ハンスはじっと見つめていた。
******
城の奥では、アナが明日の式の準備に追われていた。
頭を飾る花とブーケを選んでいる。
エルサの姿を見つけると、跳ねるように近づいてきた。
「エルサ!ねぇ、どう思う?
やっぱり赤がいいんだけど、こんなのはどうかしら?」
後ろから追ってきた侍女達が抱える花は種類も色も様々で
目移りがしてしまう。
「アナが好きなのが一番よ。きっとクリストフも喜んでくれるわ。」
「そうかな?やっぱり・・・ふふふ」
幸せそうに笑う妹を、エルサは暖かい眼差しで見つめる。
「ねぇ、さっきハンス王子が来たわ。」
「え?ハンス?! あぁ、エルサ招待したのよね。」
「ごめん、嫌だったでしょ。」
エルサの問いにアナは顎に指をあてて、考える。
「ん〜〜、もうなんともないわ。そりゃ、裏切られたときは、
悲しかったけど、私も、ハンスのこと本当に愛してはいなかった気がするの。
育った環境がすごく良く似ていて、好きなものが同じで、なんか、こう・・・
そう!気の合った友人が出来た感じ!きっとそんな気持ちを恋だと思っちゃったのよ!」
「でも、エルサを殺そうとしたことは、許さないわ!」
眉をひそめて、エルサを見返す。
「でも、それは・・・」
エルサは困ったように見つめ返す。
「はいはい、わかってますってば!この国の為だったってね。
それだけは、エルサはハンスの味方だものね!」
両手をあげ、エルサに幾度も聞かされれた台詞を言ってみせると
笑顔に戻る。
「でもね、また、王になりたいって、エルサに近づいたら
私が黙ってないからね。」
「ふふ、それは心配ないわ。」
「ならいいわ。せいぜい、二人で、国政について議論するといいわ!」
アナは笑って、侍女の元へ花を選びに戻っていった。
******
「クリストフはここかい?」
ハンスが大きな部屋をノックして尋ねる。
こちらもまた、明日の準備の為に城を訪れていたクリストフの居場所を
ハンスは人づてに聞いて、やって来ていた。
部屋を覗くと、式の手順を説明する司祭の話を
あきあきした顔で、聞いているクリスが座っていた。
「やぁ!久しぶり。」
ハンスが手をあげると、クリストフは眉間に皺を寄せた。
「なんでお前がここにいるんだ?」
「エルサに招待されたんだ。」
「あぁ、そうだったな。アナに聞いたような気がする。
で?ボクに何の用だ?」
「ちょっと、外に出ないか?」
ハンスが親指で、外を指す。
「・・・・しょうがないな。」
しぶしぶと立ち上がるクリストフは
思いのほか素直にハンスの後をついてきた。
「大変だな。飽き飽きしてたってところだろ?」
ハンスの言葉に、反論はない。
城の外に出ると、人々が忙しく行き交っていた。
時折、クリストフに気づいて挨拶をする人々に会いながら、
二人は街はずれの港まで来ていた。
遠くに入港する大型船を眺めながら、芝生の上に腰を下ろした。
「ふゎ〜〜〜ああ!!!」
大きく伸びをするクリストフ。
「これで、エルサ女王とアナ王女になにかあったら、
クリストフ、君が国王だね。」
「そんなことは、考えたこともない。」
「お前、なんでまた戻ってきた!」
「ボクは、エルサ女王に結婚式の招待状をもらったから来たんだ。」
「また、なんかやろうとしたら、オレが許さないぞ。」
ハンスは身の潔白を示すように両手を挙げて首を左右に振るってみせる。
「エルサ女王は、ものすごく頭がきれる方だから。」
黙って睨みつけるクリストフ。
「アナ王女の外交、段取りしてるのは全てエルサ女王だろう?」
「何が知りたい?」
「いや何も。ただ、君もアナと結婚すれば一緒に外交するようになるんだろう。
エルサ女王に任せておけば、何も心配ないだろうってこと。
ま、頑張れよ。氷の民。」
「・・・・オレは、ただの氷の民だ。国政だの外交だの見当もつかない。」
クリストフは不安そうに港を飛び交う海鳥を目で追う。
「国政ってのはきっとものすごく大変なんだろうな。それはわかる。
エルサは、ほんとにすごいと思うよ。」
「だろうね。彼女の助けになるように、しないとね。
君も家族になるんだから。」
「あぁ・・・って、そんな事、お前に言われなくてもわかってる。」
クリストフは、我に返るとハンスに用心深い視線を送る。
ハンスは、その視線を真正面から受け止める。
「すまない。ただのおせっかいだ。」
「ハンス」
クリストフが初めて名前を呼んだ。
「お前は、今まで、何をしてたんだ?」
「ボク?諸国を放浪してた。面白いものいっぱい見てきたよ。
・・・国も様々。民も様々。実に面白い。」
「・・・この国は、他の国に比べてどうだ?」
ハンスは思い巡らすように前を見つめる。
「・・・このアレンデールほど美しく栄えている国は
どこにもないよ。」
「そうか・・・」
「すまなかったな。さっきは疑ったりして。」
「気にしてないさ。」
ハンスは、肩をすくめて笑ってみせる。
「どうだ?これから飲まないか?」
驚いたようにクリストフを見返す。
「いいのかい?まだ準備は終わってないんだろう。」
「平気さ。それに今日は何だか飲まないとやってられない気がする。」
「マリッジブルーか?」
「バカ野郎!」
あははと笑いながら立ち上がるハンスに対し
クリストフは、この男は変わったと感じていた。
エルサが思ったよりも、この男を悪く言わない理由が
何かあるのかもしれない。
この男には、アレンデールはどんな風に映っているんだろう。
少しだけ、それを知りたいと思った。
<続>