光芒 1



ガチャ。

医務室から出てきた船医はドアを閉めると
廊下で待っていたスモーカーに向かって こう告げた。

「まあ、精神的な要因だろうな。こういうのは
 焦らず、じっくり待つしかないじゃろう。
 どういう結果になろうとな。」


スモーカーは黙って頷いた。


*****

医務室のベッドには、
うずくまるように眠っているたしぎがいた。

顔色が悪く、だいぶ痩せてしまっている。


気付かなかった。

たしぎが時雨を抜けなくなっていたことを。


いつも通り、任務はこなしていた。
いや、いつも以上に必死だった。
戦えない事を悟られないようにしてたのだろう。

昨日、海賊とやりあった時に、
戦闘のさなか、ぼうっと突っ立っているたしぎを 見たとき、心底ゾッとした。

死にてえのかと。

「少尉!何やってんだよ!」
「危ねえ!たしぎちゃん!」

たしぎの異変に気づいた部下達が
たしぎを取り囲むように集まってきた。

「駄目!みんな、私から離れて!
 これじゃ、狙い撃ちです!」

団子状態の海兵など、敵から見れば格好の餌食だ。

「危ない!」

たしぎが、部下をかばって銃弾に倒れる姿が
スローモーションのように目に映った。

もう少し早く、敵の頭を仕留めることが出来ていたら
たしぎに、こんな怪我をさせやしなかったのに。

いや、もっと早くたしぎの異変に気づいてやれてたら、
戦闘になど、連れ出さなかったものを。


くそっ!

いつも傍に居ながら、俺は何をやっていたんだ。

スモーカーは襲い来る激しい後悔とともに
壁に思い切り拳をぶつけた。



******



たしぎは、暗い海の中を漂っていた。

もっと、もっと強くならなきゃ。
このままじゃ、ダメ、まだまだ弱い。



自分の声が響く。

思わず耳を塞いだ。

すると、目の前に鮮烈な光景が浮かぶ。

助けを求める人々。
すぐそばで、倒れていく海兵の仲間たち。
狂気を帯びた目で、襲いかかる敵。
その後ろには、姿が見えない巨大な敵が、
大きな闇となって、たしぎを飲み込もうとしている。

助けて!

あぁ、また誰かが助けを呼んでいる。
行かなきゃ。

助けて!

足が動かない。

助けて!

耳を塞いでいるのに、どうして声が聴こえるの?

助けて!

あぁ、これは、私の声だ。

戦わなくては!

時雨を・・・

耳から手を離し、時雨を抜こうとするけれど
時雨が見当たらない。

時雨はどこ?

時雨がなければ闘えない。
時雨はどこ?

湧き上る恐怖と共に
真っ赤な炎が燃え上がる。

いやっ!
怖いっ!!

声にならない悲鳴をあげながら、
たしぎは崩れ落ちる地面と共に、赤い地面に飲み込まれていった。



******



「大丈夫か?」

ハッと目を開けると、部屋の白い天井が目に入る。

「だいぶ、うなされてたな。」


顔を動かすと、ベッドの側に座り、
心配そうに見つめるスモーカーと目があった。

「スモーカーさん・・・わたし・・・」

「いつからだ?」

「・・・・」

たしぎは、黙ってまた天井を見上げる。

「いつから・・・ひと月に・・・なるのかも・・・」

そんなにもの間、お前は一人で、苦しんでいたのか。

スモーカーがギリっと火のついてない葉巻を強く噛んだ。

「申し訳ありません。みんなを危険な目に合わせてしまって。」

「何故、黙っていた。」

「・・・・すいません。」



「いや、気付かなかった俺の責任だ。今は、傷を治すことだけ考えろ。
 ゆっくり休め。いいな、分かったな。」

スモーカーは立ち上がると、部屋を出ていった。



「・・・わたし・・・動けなかった・・・」

たしぎは苦しそうに、顔を歪めると、唇を噛む。


一人になった部屋で、たしぎは静かに泣いた。



*****



「私は、このまま此処に居ていいいんでしょうか。」

たしぎが船長室で窓の外を見つめながら呟く。

「何言ってやがる。お前がいないとこの隊は成り立たねえんだ。
 つまらねぇ事言うんじゃねぇ。」

銃弾で負った傷は、肩をかすっただけで 程なく治った。
しかし、たしぎが時雨を抜くことが出来ない状態が 続いていた。

時折、何も聞こえていないような様子で
ぼうっとしているたしぎを見るのがスモーカーは辛かった。

「なぁ、たしぎ。少し任務から離れてみるか。」
スモーカーの口から、そんな言葉が出た。

え?と驚いた顔でたしぎはスモーカーを見つめ返した。

「・・・私は・・・私は・・・
 他に行く所なんてありません。
 スモーカーさんの、側に置いて下さい。」

「誰も、他所に行けと言ってんじゃねぇ。俺の側で
 少し休めって言ってんだ。」

「・・・・」


スモやん!オレら、たしぎちゃんの為なら 何だってする!
刀なんて使えなくたっていいじゃねぇか!
俺らが、たしぎちゃんを守るから!

スモーカーは、口々にたしぎの身を案じて頼み込む
G-5の隊員達を思い出していた。


「もういいんじゃねぇか。剣が使えないとしても、
 お前は海兵として充分、やっていけるんだ。」

たしぎが、ハッとして顔をあげる。

「お前が俺が育てた。だから、どんなことになろうと
 俺が最後まで面倒みる。わかったな。」


「あ、ありがとうございます。」

こんな言い方しかできないスモーカーの優しさが
たしぎには、嬉しかった。


それでも、一人、部屋の窓から海原を眺めていると
浮かんでくる抑えきれない想い。



剣が使えなかったら・・・
私に、生きている意味なんてあるんだろうか・・・・


刀を置いて、どうやって生きろと。




<続> 




H25.10.6