ゾロのアパートから、どうやって帰ってきたのか
思い出せない。
たしぎは、部屋のキッチンから、あの灰皿を取り出した。
こんなものの為に、
私は大事なものを失ってしまった。
自分の全てを受け入れて欲しいを望んだが為に。
ただ、そこに居てくれるだけでよかったのに・・・
たしぎは、灰皿を掴むと、床に叩き付けた。
ゴツッと鈍い音がして、ガラスにひびが入る。
なにが思い出だ
後生大事に取っておいたこんなモノの為に。
ゴンッ、ゴンッ。
何度もぶつけ、破片へと崩れていく灰皿を見て、
たしぎは声をあげて泣いた。
もう、戻らない。
砕けてしまった二人の心を、いくら悔やんでも、
もう、遅い。
******
「お〜い、ゾロ!休憩したらどうだ?」
ハッとして振り返ると
陸上部のマネージャーのペローナがこっちに向かって
手を振っているのが見えた。
「あぁ・・・」
ゾロは、ふうっと軽く息を吐くと
ペローナの方に向かって歩き出す。
「ほらっ!真昼間から、無茶するなよ。
熱中症になるぞ。」
木陰に入ると、ペローナがタオルとスポーツドリンクを
放ってよこした。
「サンキュ。」
言われてみれば、目の前がチカチカする。
少しヤバイかもしれない。
しばらく、木に寄りかかり座っていた。
「なぁ、今度の休み、どっか、行かないか?」
声をかけられて、隣にペローナがいることを思い出した。
「ん?な、なんだ?」
ペローナがふくれた顔で、文句を言う。
「なんだよ!ボケっとしやがって!
気分転換に、どっか行かないかって、言ったんだよっ!
なんだか、ゾロ、最近・・・変だし・・・」
尻つぼみで、声が小さくなる。
「そうか?」
とぼけたものの、友人達からも
よく言われていた。
おい、ゾロ、最近どうしたんだ?
別に、と答えて、自分でも気付かない振りをしていた。
就職がな、なんて、適当に理由をつけて誤魔化すけれど、
原因はわかっていた。
たしぎのことを想うと、今でも
一切の感情が止まってしまう。
息をするのも忘れてしまうほど、何もできなくなる。
そんなふうになる自分が嫌で、ひたすら別の事で、
頭の中を一杯にしていた。
引退して部活に顔を出して、一人もくもくと
走り続けているもの、そのせいだ。
「ほらっ!まだボケっとしてる!」
ペローナの声で我に返った。
「ほんとだ。」
「自分で言ってりゃ、世話ないよ!」
はは・・・力なく笑うゾロを睨みつけるペローナが
なんだか、優しい目をしているのに気づく。
「そう、怒るなよ。」
心配するなと、笑ってみせる。
ゾロの笑顔に、ペローナは少し安心する。
「せっかくの夏休みなんだし、部活も忙しくないから
ほんとどっか行けば、いい気分転換にもなるんじゃないかって・・・・」
もじもじしながら、言いだすペローナが素直に可愛いと思った。
「別に、いいぞ。どこ行きたい?」
「え?ほんとか?」
「あぁ。」
「ほんとに、いいのか?」
「いいって。」
「マジか?」
「あぁ、マジだ。って、しつこいな!」
ペローナの仰天ぶりに、久しぶりに声をあげて笑った。
「じゃあ、じゃあ、んと、プール!いや、遊園地!
どうしよう!?どっちがいい?ゾロ?」
途端にに眼を輝かせてあれこれプランを語るペローナを
優しく見つめる。忘れていた穏やかな感情。
迷いながらも、決まったようだ。
「じゃ、遊園地!いいか?」
「あぁ、どこでも。」
「約束だぞ!」
「あぁ。」
「やった〜!」
飛び上がらんばかりに、嬉しそうに帰っていくペローナの後姿を見送って
ゾロは、久しぶりに心が軽くなった。
******
プシュッ。
ゾロは、窓の外の夜空を眺めながら、
缶ビールの蓋を開けた。
楽しかった。
遊園地を前に、最初は来るんじゃなかったと
後悔したが、はしゃぐペローナにつられ、
いつの間にか一緒に楽しんでいた。
気がつけば、夕暮れの風が気持ちよく
腹も減っていた。
久しぶりにサンジの料理が食べたくなって、
帰りにオールブルーへ寄った。
ペローナも一緒に。
サンジは少し眉を上げたが、何も言わずに
給仕してくれた。
ペローナの食後のココアに、
泡でクマの顔を描いては、大層喜ばれていた。
ゾロは、少しほっとした気持ちで店を後にした。
ペローナを送り届け、自分のアパートへ帰ると
久しぶりに風呂上りのビールを手に取った。
サンジに責められると思っていた。
あれから、たしぎの事を話してはないが、
勘のいいあいつのことだから、きっと感づいただろう。
何も言われなかった事に、拍子抜けしたような気分だ。
なにびびってんだ、オレ。
可笑しくなって、ひとり笑う。
責められるような事をしたのか、オレは・・・
答えは出ずに、また抗しきれない想いが
じわりと染み出る気配を感じる。
首を振り、その想いを飲み込むように
ビールをのどに流し込んだ。
******
それ以来、ゾロは度々ペローナと出かけるようになった。
映画に買い物にと、まるで傍から見れば
付き合っているかのようだったが、
ペローナは、ゾロに自分の想いを
伝えることはなかった。
ゾロには、それがありがたかった。
「ペローナ先輩、ゾロさんと付き合ってるんですか?」
後輩のマネージャーが、最近、やさしくなったと言われる
ペローナに聞いてきた。
「ばか!そんなんじゃないって!ただの息抜きに付き合ってんの!
ほら、就職活動、大変みたいだし。」
「えぇ〜、それって、もうカノジョじゃないですか〜!」
騒ぐ後輩に照れながらも、否定する。
そんなんじゃないよ・・・
一人になったペローナの顔が曇る。
わかってんだ。あいつに好きな人がいることぐらい。
最近、上手くいってないことも知ってる。
別れたらしいって噂も聞いた。
でも、わかるんだ。
ゾロの中じゃ、まだ終わってないってこと。
グランドを後にするペローナの髪を乾いた風が揺らす。
もう、夏も終わる。
高くなった空を、ペローナは見上げた。
〈続〉