狂風 1



空を見上げて、照りつける太陽を睨みつけると
今が夏だと思い知らされる。


大学4年になっていたオレは
人気のないグラウンドで、ただひたすら走っていた。



どうしてこうなってしまったんだろう。

何百万回と繰り返した問いに、満足する答えは出るはずもなく、
胸の痛みだけが鮮やかによみがえる。

ほんの半年前の記憶さえもおぼろげだというのに。



熱を持つその痛みを振り払うかのように
頭を振ると、再びゾロは走り出した。





*******





あの頃、オレにとってあいつが全てだった。



クリスマスを二人で過ごし、そのまま田舎へは帰らず 年を越した。
大みそかに、初詣に出かけ、一晩中歩いて新年を祝った。
毎年テレビで初詣の人出に、何をそんなに年が明けたぐらいで
はしゃぐのか不思議だったが、
今年はとにかく二人で新しい年を迎えるという
ことだけで飛び上がりたいほど嬉しかった。

そのまま、オレのアパートで冬休みを過ごした。


たしぎが関東風の雑煮を作ってくれた。
お返しに、田舎から送ってくれた材料で
地元の雑煮を作ったら「お餅が丸いの!?」と
めずらしがっていた。


二人でテレビを眺めながら、一日中一緒に過ごした。

たまにたしぎが自分のアパートに帰ると
何もすることがなく、一人の時間がやけに長く感じられた。


あいつがいれば、それでよかった。

それは、たしぎも同じ筈だった。



******



たしぎとはオレのアパートに来ることが多かったが、
時折、たしぎのアパートに顔を出すととても新鮮で、
落ち着きなく片づけ始める様子が可愛いと思った。

あれは、まだ風が冷たいバレンタインデーの時だった。

たしぎが料理を作ってくれるというので、
久しぶりにたしぎの部屋を訪れた。

夕食は、よく煮込んだビーフシチューだった。
ニンジンがハート型だったりと、あいつの張り切り様が素直に嬉しかった。

もっとも、ニンジンの形なんて、言われなきゃ
気づきもしなかったが。


シチューを腹いっぱいたいらげた後に
たしぎが自慢げに大きなチョコレートケーキを運んできた。

「じゃ〜ん!甘さをおさえた大人のチョコレートケーキ!
 去年はクッキーだったけど、今年はケーキにグレードアップです!」

胸を張るだけのことはあって、ほろ苦さが丁度いい美味しいケーキだった。

それでも、まるまる一個はさすがに食べきれず、
「もう食えねぇ。」
と仰向けになるオレを見下ろして笑っていた。

「無理しなくていいのに・・・私も一緒に食べようかと思ってたんですから。」

フォークを持ったたしぎの腕を引っ張って、キスをした。

「あ、あぶないです!ロロノア!・・・ん・・・」


「な?旨いって言っただろ。」

「もう・・・」

顔を赤らめて胸に顔を寄せるたしぎを抱き締めた。




******



「ロロノア、コーヒー飲みますか?」

たしぎの声で目を開けた。


どうやら寝転がったまま、眠ってしまったらしい。

「ん、あぁ。」

よいしょっと、身体を起こすと
たしぎが目の前に湯気の立つコーヒーカップを置いた。
テーブルにはたしぎの読みかけの本が伏せてある。

「わり、寝ちまった。」

「うん。気持ち良さそうに寝てました。」

そう言うと、たしぎはオレの隣にくっつくように座る。


何もしゃべらないまま、コーヒーを飲んだ。
心地よい時間が流れる。

肩に触れるたしぎのやわらかさが
幸せを感じさせてくれた。



「今日は泊まって・・・いける?」

「あぁ、明日は昼からだし、バイクも置いてきた。」

「お風呂もう入れますよ。」

「オレはシャワーでいいから、先に入っていいぞ。」

「あ、じゃあ、そうします。」

なんだか新婚家庭のような会話にオレは照れくさくなる。
コーヒーのおかわりを求め入れに、 立ちあがってキッチンへ向かう。

シンクの食器はすでに洗われていた。

「わりぃ。皿洗うのオレなのに。」

「別に、いいですよ。それに今日はバレンタインだから特別。」
たしぎが笑ってみせる。

「あ、じゃあ、片づけておく。」

「うん、ありがとう。」
タオルと着替えをかかえ、たしぎが風呂場へと消える。
しばらくして、お湯の音が聞こえた。

結婚したらいい旦那になってしまいそうだと自分で可笑しくなった。
たしぎとなら、それも楽しいだろうな。



洗いかごに乗っていた皿やフォーク、スプーンを戸棚にしまう。
これはどこだ?
おたまを手にシンクの引き出しを開ける。

目当ての場所を求めて二段目、三段目と引き出しをのぞき込んだ。



引き出しの奥で目にしたものに動きが止まる。


灰皿と封を切ってない煙草の箱があった。

オレもよく知る銘柄の。








「ロロノア、お風呂いいですよ。
 ・・・・どうしたんですか?ぼうっとして・・・」

声をかけられるまで、たしぎが風呂からあがったのに気づかなかった。

ノロノロと顔をあげると、手を伸ばして引き寄せる。

そのぬくもりが止まった思考を溶かしてくれるかのように
たしぎの柔らかい肌の手触りを確かめる。

「ロ、ロノア・・・髪がまだ濡れて・・・ん・・・」

「いいから・・・」



「どうしたんです?急に・・・」


「・・・すぐにお前が欲しい。」

とまどうたしぎに構わず、夢中で抱きしめた。




〈続〉


 H25.8.11