狂風 2



「そんなの、忘れてただけだろ。」


目の前で、煙草に火をつけるのは
レストラン、オールブルーのコック、サンジだ。

ランチタイムが終わり、ドアにCLOSEの札を掛けて
戻ってくると、二人分のコーヒーをいれる。

カウンターに腰掛け、大きく煙をはいた。
旨そうに吸うなと思いながら、ゾロは立ち上る煙を見ていた。



「・・・だよな・・・」


「もしかしたら、今だに前の男が忘れられないのかって
 思ってんの?」

「・・・そんなことねぇよ。」

「ふぅ〜ん・・・」

意味ありげにチラッと横目でオレを見る。

ったく。
容赦ねぇなと思いながら、視線をそらす。


だからコイツに話すんだけどな。

「気にならないと言えば嘘になるが、疑うわけじゃねぇ。」



サンジは煙草を灰皿に押し付け火を消すと、
暫く黙っていたが、ゆっくりと顔をあげた。

その目が、いつになく厳しかったのが頭に焼きついている。


「たとえ、忘れられなかったとしても、
 今はお前の側にいるんだろ。
 
 それなら、全部ひっくるめて愛せばいい。

 今の幸せを大切にしろってんだ。」




サンジは、それ以上何も言わなかった。


今なら、あの時サンジが言ってたことが
少しはわかるような気がする。


ただ、あの頃オレは、
自分の望むたしぎの姿を作り上げて、
少しのズレも受け入れられなかった。




******



4年になって、周りが就職の話しで
ざわつき始めた頃、
ゾロは、未だに将来を決めきれずにいた。

形ばかりの就職活動では、成果もあるはずもなく
フラストレーションだけが溜まっていく。

たしぎは、研究に忙しく合間の就職活動で
二人の会う時間は極端に減っていた。


避けられている。

そう、ゾロが感じたのは気のせいでもなかった。




たしぎは、ゾロの変化を感じていた。

時折見せる、自分に向けられる怒りは何なんだろう。

自分と居ない時、誰と何をしてたのかと
やたらと知りたがった。
最初は、焼きもちかとも思えたが、
近頃感じる圧迫感の理由は、はっきりわからなかった。



つい先日も、久しぶりに来たアパートで
夕食を食べると、たしぎは、いつものように食後のコーヒーをいれた。

「今、コーヒーいれるから、一服してて下さい。」



「オレは、食後の一服はしねぇ。」

え?と思って振り返る。


「あ、一服って、一休みって意味です!
 そうですね、煙草も一服って言うかぁ。」

笑いながらたしぎが答えると、ゾロは急に黙って不機嫌そうにテレビを見つめていた。



*****


何か見えない壁のようなものが
二人の間に出来つつあった。



ゾロの態度に違和感を感じながら、
たしぎは、一人オールブルーを訪れた。


「あ、いらっしゃい!たしぎさん、久しぶりだね。」

「ええ、こんにちは。」


たしぎがチラッと店内の様子を伺うと、
すぐにサンジが教える。

「大丈夫、今日はヤツは居ないよ。」



驚いた顔でいるたしぎに、お構いなく
カウンターのサンジの目の前に、水の入ったグラスを置き、
座るように手で指し示す。

促されるまま、たしぎは腰を下ろした。


「何にする?」

「え、えっと!」


慌てて、メニューを見ながら、
チョコレートケーキを指差す。

「これを、コーヒーのセットで。」

「かしこまりました。」

サンジはニッコリ笑うと厨房へと姿を消した。



水を一口飲んで、たしぎは、はぁっと大きく息をついた。

どうして、わかったんだろう。


ふと、ゾロと付き合う前の事を思い出した。

あの時も、ここで、そうサンジさんが話を聞いてくれたんだった。


私、そんな思いつめた顔してるのかな。

たしぎは少し笑った。



「どうぞ。」

目の前にケーキの皿とコーヒーが置かれた。
ケーキの皿にはチョコレートケーキの他に
小さめのレアチーズケーキとアーモンドタルトが
アイスクリームと共に添えられていた。

驚いて顔をあげると、サンジが微笑む。

「うちの新作、絶対気に入るから、味見してみて!」

その自信満々の顔に、思わず頷いた。

「いただきまぁす。」



「ほんと、美味しい!全部、美味しい!
 どうしよう、今度来た時、一つに決められないです!」

「嬉しいな!うん・・・そうか!これ、アラカルトにして、
 ケーキ各種盛りのメニューにしてみよう!
 たしぎさん、ありがとう!ナイス、アドバイス!」

「こっちこそ、こんな沢山味わえるなんて!幸せです!」

二人、顔を見合わせて笑いあった。


「今日は、どうしたの?」

サンジが煙草を取り出して、口に咥えた。



お客さんが居る時、店内で煙草を吸わないが、
たしぎの視線の先に灰皿を置いた。


「・・・・」

何と言っていいかわからず、たしぎはぼんやりと灰皿を眺めている。



「ヤツは、不安なんだろ。まだ、好きなのかって・・・」


「そんな。」

たしぎは、サンジを見て首を横に振った。


「わかるよ。そんなことないって。」

優しく微笑む。


再び視線を落とすと、たしぎは静かに話し出した。


「私一人が舞い上がってて・・・
 スモーカーさんは、きっと、
 私の気持ちに応えていただけだったんです。」


たしぎは自嘲するような笑みを漏らす。

「誕生日に、灰皿をプレゼントしようと、何日も前から
 お店を探し回って、絶対気に入るだろうって、選んだんです。
 ・・・そしたら、これはオレが、おまえの部屋に行った時に
 使うから、部屋に置いとけって。」

「ほんと、今考えれば、すぐわかりますよね。
 ・・・・結局、私の部屋には一度も来ることなく、
 私、喜んで、煙草も用意して・・・」

ふっと力が抜けたように、たしぎの身体が椅子の低い背もたれに沈む。

「だから・・・あの灰皿見ると、すごく好きだった気持ちと
 何もわかってなかった自分と、両方思い出すんです。」
カタン。たしぎの話しを黙って聞いていたサンジが、
さっき出した灰皿を使わないまま片付ける、


「そうなんだ。じゃあ、捨てられないよね。」

え?

たしぎの頭の中で、何かが噛み合った。

「も、もしかして、あれをロロノアが見たってこと?」


サンジが何も言わずに、見えている眉を上げてみせた。



あぁ、そうか。
それならば、合点がいく。


別に隠してる訳でもなかった。
普段目につかない、引き出しの奥に仕舞い込んでいた。


「でも、あれは。」

訴えるように見つめるたしぎに、サンジは頷いて応える。

「うん、わかるよ。たしぎさんの思い出の品だってことだけで、
 今でも、そういうのじゃないってことは。」


顔を覆うようにして、肘をカウンターについて
たしぎは目を閉じた。




暫くして、サンジが二杯目のコーヒーを、そっと差し出した。


「ありがとう。」

たしぎは、カウンターの木目を眺めながら、ゆっくりとコーヒーを味わう。



「・・・捨てなきゃ、ダメでしょうか?」


すがるような問いかけに、サンジは目を見開いて、黙って見つめ返した。


答えを期待しちゃいけないよね・・・


たしぎは小さく首を振ると、立ち上がった。


「ごちそうさま。なんだか、いつも・・・」



「何言ってんの!俺はいつでもたしぎちゃんの味方だよ!ほんと!」

サンジの気遣いが嬉しくて涙が出そうだった。





「絶対、また来てね!」

サンジの声が、閉まるドアの間から聞こえた。



ありがとう。

たしぎは、心の中でつぶやいた。



〈続〉




H25.8.18