宣戦布告 3




御幸は、礼を抱きかかえると 立ち上がる。

「開けるよ。」

礼の返事を待たずに、隣の寝室のドアを開ける。

そのまま、ベッドの上に高島の身体を横たえた。

「ちょっ!散らかってるから、あんまり見ないで。」

見ないでと言われれば、余計に気になる。

いつものスーツとシャツが足元に置かれている。
その側には、ストッキングが脱いだままになっていた。

余計なことは考えまいと、御幸は目の前の高島に視線を移す。

「これくらい、気にすることないよ。」

「バカ。」


高島をベッドに横にならせたはいいが、背中に手をまわしたままの
中途半端な姿勢で、お互い顔も見れずに、身体だけが近い。

息遣いも肌のぬくもりも近すぎる。

「もう子供じゃないから。」

言い訳のように耳元で御幸の声がする。



「・・・」

知ってる。

知ってるけど・・・


何も言えない高島の指先に力がこもる。

Tシャツ越しの伝わる御幸の背中が熱い。


もう少しで口から出そうになった言葉を呑みこんで
御幸は、息を吐いた。


「まずは、甲子園。・・・しっかり見ててくんなきゃ・・・礼ちゃん。」

「・・・・」

御幸の言葉に、高島もこくりと頷く。



「早く元気になって。」

いつの間にか、御幸の声も普段トーンにもどっている。

そっと身体を離す。

「じゃあ、俺戻るよ。」

「ええ。気をつけて。」


「今日は、ありがとう。」

高島が身体を起こそうとするのを、肩に手を置いて止める。


「いいから寝てて。玄関、オートロックでしょ。」


「でも・・・」


「いい子だから。」

「なっ!?」

御幸の思いがけない言葉に、顔が熱くなるのがわかった。


いつのまにか御幸の腕が背中に廻っていて、ふわりと抱きしめられていた。


「み、御幸君、からかうのは、やめなさい。」

うろたえる高島がたまらなく愛おしく思えた。

御幸の顔に、笑みが戻る。


「普段着も可愛いよ、礼ちゃん。おやすみ。」

パッと腕を解くと、高島の寝室から出て行く。


「ちょっと、御幸君!」

ベッドの上から呼び止めてみても、
少し照れた笑顔を残して、御幸は帰っていった。


カチャり。

玄関のドアが閉まる音が、ボーッとしたままの頭に届いた。


胸がドキドキして、頭がグルグルするのは
貧血のせいよね。

パタリ。

ゆっくりとベッドに身を横たえる。


しばらく目を閉じて、動悸が治まるのを待つ。

脳裏に浮かぶのは、目の前に迫る御幸の肩。
Tシャツの首元から除く鎖骨と上下する喉仏。

耳元で響く御幸の息遣い。


駄目。
ますます鼓動が早くなる。


もう子供じゃないことぐらい、知ってるって・・・
そんなこと、もう思ってもないから。


それでも、踏み越えてはいけない境界を
改めて胸に刻む。

いつか・・・

そんなことを期待したくはない。

だから、今だけを。

今のあなたを、この目に焼き付けておきたい。


いつしか高島の肩が規則正しく上下し始める。

青白かった顔に、赤みがさしている。

明日のグランドを楽しみにしているような寝顔だった。



*****


カチャリ。

礼の部屋の鍵が閉まる音を確認して、御幸はドアの前から離れた。

この時間なら、消灯時間までぎりぎり間に合うだろう。
ペダルを踏む足に、力がこもる。


ひゃっほ〜と叫び出したいくらい嬉しさが込み上げる。

この腕に、礼ちゃんを抱いた。
それだけで、このまま空も飛べそうな勢いだった。


グランドでただ見つめるだけしか出来なかった。
礼ちゃんを抱き上げて、連れて行く監督の後ろ姿。

男として、尋常でいられる訳がない。


胸に秘めた想い。
別にばれてもかまわないけど、
言えば結末は見えている。

だから、今は、言葉を呑み込む。

想いを伝える時は、決めてあるから。



もう、子供じゃないと言ったのは、宣戦布告のつもり。

礼ちゃん、わかってるかな?天然なとこあるからな。


それでも、ちゃんと見ててほしい。

甲子園という俺の最高のステージ。
何も隠さないから。
礼ちゃんだけには、見ていて欲しい。



キキーッ。

派手にブレーキを鳴らして、自転車を止めると
ダッシュで部屋へと向かう。


階段の下に、倉持の姿があった。

「ギリギリ間に合ったようだな。」

「あぁ、余裕。」

「なにが、余裕だよ。死にそうなツラしてた奴が。」

「そうか?」

「ヒャハ。なんか、首尾よく運んだみてえだな。」

「まぁな。宣戦布告ってとこかな。」

「はぁ?誰にだよ。まさか!?」

「ばぁか、違うよ。」


ふふといつもの笑みを浮かべると、倉持をおいて
階段を駆け上る。

「おい、こらっ!待てよ、御幸!」


「はは、行くぞ、甲子園!ちゃんと見てろよってな。」

はぁ?

高島先生に、そんな事言ったのか?お前。

的外れのような気がして、倉持が首をかしげる。


ま、いつもの御幸だし、よしとするか。


倉持は、自分を納得させる。


「ほらっ!」

階段を上った御幸の声に、顔をあげる。

何か落ちてくるのを、反射的にキャッチした。


「わりぃ、急いでたから。」

倉持の手には、カラメルソースと混ざり合った
茶色のプリンがある。

「おいっ!なんだよ!飲みもんかよ!」


「ははは!」

御幸は、笑いながら部屋へと消えていった。


「ったく。」

倉持は、文句を言いながらも、御幸の様子にほっとしていた。


大丈夫だ。心配ねぇ。

秋の大会の決勝戦前夜を思い出す。
何でも一人で抱え込もうとしていた奴が、
なんだか前よりも、感情が露わ(顕わ)になってる気がする。

あいつ、滅茶苦茶楽しそうだな。





〈完〉