寝てなきゃ 2




キキィ。

高島の住んでいるアパートは学校から
歩いても10分のところにあった。

御幸は遠回りして閉店ぎりぎりのスーパーに寄ってきた。

自転車の鍵をかけると、携帯を鳴らす。


5回のコールが随分長く感じられた。

「御幸君、どうしたの?」

ドキリ。
力のない声に、急に鼓動が早くなった。


「今から行くから、ドア開けて。」

御幸は高島の返事を待たずに携帯を切った。


玄関のチャイムを押すと、少ししてガチャリとドアが開いた。

「御幸君。」

「ゴメン。眠ってた?」

帰されないようにと、半ば強引にドアに手をかけると
すっと身体を玄関に滑り込ませた。

高島はクリーム色のサテンのパジャマに
白い薄手のカーディガンを羽織っていた。

部屋はだいぶ蒸し暑かったが、高島の格好を見れば
身体を冷やさない方がいいのだと御幸は思った。

ガチャ。

背中でドアが閉まるのを確認した。


部屋が少し薄暗いせいか、高島の顔は
血の気がなく、下ろした髪は顔にかかり、一層具合が悪そうだった。

「大丈夫?」

今にも倒れそうで、御幸は思わず高島の腕を掴んだ。

「え、ええ。でも、こんな時間にどうしたの?」

「まだ、自由時間。お見舞いに来ただけだから。」

御幸は高島の腕を掴んだまま、部屋の中へと連れていく。

いつもなら、早く帰りなさいと言うのに。
御幸のなすがままに、歩く高島。

「ちゃんとご飯食べた?礼ちゃん。」

リビングのソファに座らせると傍にあったタオルケットをかけた。
テーブルには、薬の袋と栄養補給のゼリーが半分残っていた。

「・・・ん。」

目を閉じる高島は、力の入らない身体をソファに沈みこませた。


「待ってて、礼ちゃん。」

何かしてないと落ち着かなくなって、
慌てて買ってきたスーパーの袋を手にキッチンへ向かった。

冷蔵庫を開けると、案の定ほとんど物が入っていない。

「やっぱりね。」

御幸は小さく息をつくと、気を取り直して、鍋に水を入れた。



****

ほんの10分ほどで、御幸がキッチンから姿を現した。

「礼ちゃん。出来たよ。」

トレイの上には、湯気の立つ卵おじやがのっていた。

「はい。ちゃんと食べて。」

御幸は高島の手にお椀をのせ、スプーンを握らせる。

小さい一口を口に入れる。

「・・・おいしぃ。」

黙って高島が食べるのを見守っていた。


食べ終えると、少し頬に赤みが戻ってきた。

「ありがとう御幸くん。」



「なんだか、緊張しちゃって、夏が始まると思うと・・・」

高島の視線の先には、テレビの前に積まれた資料があった。

地方の新聞記事の切り抜き、ニュースのDVD、
甲子園で当たるであろう高校の下調べだ。

「すげぇ、これ全部礼ちゃんが集めたの?」

「えぇ。」

「片岡監督が、年明けに廻った学校にも借りたりしたの。」

「すげぇや、これで、甲子園でも十分戦える。」

目を輝かせる御幸。



でも・・・・

じっと高島を見つめる御幸。

「倒れる程、無理したらダメでしょ。」

「・・・ご、ごめんなさい。」


「いつでも、ご飯くらい作りに来てあげるよ。」

「それは、ダメよ。」


「自由時間だって、無駄には出来ないわ。」

「これは、無駄な時間なんかじゃない。」


気まずい空気。

「やっぱりさ、礼ちゃんが見ててくんないと、
 調子でないんだよね。」

笑いながら、ごまかす御幸。


「心配かけたわね、御幸君にも、みんなにも。
 もう、大丈夫よ。気を付けるから。ほんと、今日はありがとう。」

もう少し、何かいいたそうな高島だったが、
すっと視線を落とした。


「さぁ、そろそろ寮に帰らないと、消灯時間に間に合わないわ。」


立ち上がろうとして、ふらつく。

「礼ちゃん!」

御幸が、膝をついた高島をすかさず(つかさず?)支える。


御幸の腕を、思わずぎゅっと掴む。


「無理するなって言ったでしょ。」

意を決したように、御幸は少しかがむと
膝のあたりに手を伸ばし、すっと抱き上げた。




〈続〉