「なっ、なんで、追いかけてくるんですかっ?」
足早に、歩きながらたしぎはゾロに問いかける。
「おいっ、ちょっと待てってば!」
「いやです!」
いつもは、待ちなさいと言っても聞かないくせに、
こんな時に、向こうから追いかけてこなくても、いいじゃないですかぁ!
もう、やんなっちゃう。
どうしていいか分からずに、次第に走り出してしまう。
つられるように、ゾロも走って追いかける。
サンジが言ってたように、首の後ろの結び目が解けそうだ。
ゾロの手がたしぎの肩に触れたのと同時に、紐がほどけた。
暫く、何が起こったのか把握出来ずに、胸に手を添えて、固まっているたしぎが、
クルッと振り向いた時には、真っ赤な顔で怒りに燃えていた。
「何するんですかっ?!」
「いや、何にもしてねぇぞ。」
何を言っても、聞く耳を持ちそうにない。
半ば諦めつつ、低く呻く。
その瞳に涙を浮かべつつ、必死に抗議する。
「なっ、なんで、ロロノアにこんな風に、されなきゃ・・・」
もう、完全にオレが悪者だな。
ゾロは、諦めて、黙り込む。
しゃがみこんだたしぎを見下ろしながら、
ゾロは着ていたシャツを脱いで、たしぎの肩に掛ける。
立ち去ったほうが、よさそうだと、顔を上げたとたん、
ポタッ。何やら温かいものが流れ落ちた。
やべェ。
ゾロの足元にの砂に、一滴、二滴と、跡がついた。
「ロロノア、鼻血!」
ゾロの変化に、気づいたたしぎが急に声を上げる。
ゾロは、片手で鼻の付け根を押さえ、上を向く。
「なんともねぇ・・・」
なんで、こんな時に。まったく。
「大変、頭、低くして。寝た方がいいですよ。」
自分のことは、後回しに、ゾロを気遣う。
まったく。
ゾロは、しかたなく、たしぎの隣りに腰を下ろす。
少し離れて、鼻を押さえたまま、仰向けに寝る。
そのうち止まるだろ。
というように、見つめるたしぎをチラッと見て、目を瞑る。
たしぎは、胸元を押さえたまま、小さくまるまって、座っている。
ゾロのシャツのおかげて、少し、落ち着いたようだ。
あんなに騒がしかった砂浜も、なんだか、誰もいなくなったようだった。
岩場が二人の上に、影を落とす。
たしぎが、消え入りそうな声で呟く。
「あの・・・ありがとう・・・ございます。」
目をつぶっていたゾロが、笑ったように見えた。
陽射しが和らいだ頃、ゾロがむくりと起き上がる。
「ふぁああ、寝ちまいそうだぜ。」
「もう、止まりました?」
「あぁ、とっくにな。」
にやっと笑いながら、立ち上がる。余裕なのか、照れ隠しなのか、その表情からは分らない。
「あっ、あの。」
たしぎが、ゾロを見上げる。
「ん?」
「・・・あの、すいません。紐、結んでくれませんか・・・?」
顔を赤らめながら、必死に切り出す。
「あぁ。」
ゾロがたしぎの背中にまわり、シャツを取る。
たしぎの背中が、露になる。
無骨な指が、不器用ながらも、できるだけそっと紐を結ぶ。
「こんなんで、いいか?」
「はい、ありがとうございます。」
たしぎが、下を向いたまま、礼を言う。
「一体、どうしたんだよ。」
ゾロが尋ねる。
「あ、あの、上司に着せられちゃったんです、これ。」
「あぁ?あのケムリ野郎、セクハラかよ!」
ピクンと眉を釣り上げながら、鬼鉄に手をかける。
「あ、いえ、女の上官です。たぶん、もっと女らしくしなさいって意味で。」
慌てて否定すると、呆れた顔でゾロが答える。
「はぁ?何やってんだ?海軍。」
「なんか、今日は、レジャー大会みたいなもので、皆、お祭り気分なんだと思います。」
「ふぅん、お前もか。」
「あっ、私は、そんなつもりじゃなくって、半分、はめられたんです!」
「てめぇは、動揺しすぎだぁ。たかが、水着ひとつでよ。もっとしゃんとしろっ。」
「だって、こんな格好・・・」
でも、ロロノア、どう思いました?
言葉には出さない想いで、じっとゾロを見つめた。
「なっ、なんだよ!」
急に焦り出してそっぽを向く。
たしぎは少し微笑み、スッキリしたように、前を向く。
「あの、ありがとうございます。私、戻ります。
シャツ、ありがとうございました。」
そう言って、シャツを脱ごうとするたしぎを、慌てて制する。
「いいから、着てけ!」
「今度、会ったら、どんな格好でも、勝負ですからね!」
照れたように笑いながら、たしぎが歩きだす。
言ってろ!
シャツから伸びる脚に、目が離せなかった。
無理やり、視線を外らすと、ゾロも、仲間の元へと歩きだす。
急に目の前に、あんな格好で現れやがって、まったく。
******
ゾロが戻ると、もう夕食の準備が出来ていた。
「遅せェぞ、クソマリモ!」
サンジの罵声が飛んでくる。
うるせー、と思いつつ、食事の席に着く。
焼きたてのバーベキューが皿にもられて、差し出された。
頬張りながら、考える。
何で、鼻血なんか。
目の前で、ナミが、食べ終わってグラスを傾けている。
はっきりとしたボーダー柄のビキニだ。
アクセサリーを着けている分、たしぎよりも、目を引くが、
動揺することは無い。
当たり前だろ。自分に言い聞かせる。
ゾロの視線に気づいたナミが、目を細めて睨みつける。
「アンタねぇ、なんか、すごく失礼なこと考えてたでしょ!」
無言で首を横に振る。
「ほんとだよ。まったく、ナミさんに失礼だろ〜が!」
サンジの援護射撃に、分が悪くなり、早々に席を離れた。
冷たいビールを、喉に流し込みながら、星の浮かんだ空を見上げる。
たしぎの白いうなじが、目に焼き付いて離れなかった。
*****
「あらっ、たしぎ、どこ行ってたの!」
軍本部へと戻ったたしぎは、ヒナに、声を掛けられる。
「もう、ヒナさんのせいですよっ!」
「ふふ、よく似合ってるわよ。」
「・・・あ、ありがとうございます。」
怒りながらも、一応礼を述べる。
屈託なく笑うヒナには、いつも、やられっぱなしだ。
その夜遅く、デッキでグラスを傾ける、ヒナとスモーカーの二人。
「見た?たしぎのシャツ。男物だったわ。何か、いいことあったのかしら。ふふふ。」
「どうだかな。」
答えるスモーカーは、シャツの持ち主をヒナが知ったら、
えらいことになるぞと思いながら、葉巻の煙を吐き出していた。
浮かれた一日は、波音とともに静かに更けていく。
星の白い瞬きが、熱を冷ますように、海辺に降り注いでいた。
〈完〉
たしぎの水着姿に動揺するゾロを見たかったんです。(笑)