勤務を終えたゾロの父親は、家のドアを開けた。
玄関の見慣れぬ女物のブーツが目に入る。
用心深く居間に入ると、コタツの上にコーヒーカップが
二つ置いたままになっていた。
昨日まで剣道部の合宿だと聞いていたが、
ハテと首をかしげながらも、帰ってきたことがわかるように
物音を立て、テレビを点けた。
階下の気配に、ゾロがガバッと身体を起こす。
「うわっ!マジかよ!」
時計を見るまでもなく、カーテンの隙間から
明るい陽射しが入り込んでいて、もう陽が高いことがわかった。
「っで!」
全身を襲う筋肉痛に、思わず声を上げながらも
両手の下のたしぎを見つめる。
丸まって眠っているたしぎの服はそのままだ。
えっと、キスして抱きしめたところまでは覚えている。
たぶん、何もしなかったはずだ。
でも、なんで一緒の布団に入ってるんだ?
訳もわからぬまま、立ち上がった。
その気配に、たしぎも目を覚ました。
「ん?あれ?・・・ロロノア、起きた?」
「あぁ、もう10時過ぎてるぞ。」
「ふぁあ、おはよう。」
すっかり無防備なたしぎに、ゾロは戸惑う。
「オレ、何かした?」
「ん?んんん、別に。」
ふにゃりと笑うたしぎに、ゾロは気が気でなくなる。
それでも、詳しく聞いている暇はない。
「親父、帰ってきたみたいだ。」
「えっ?ほんと?」
たしぎも、それを聞いてすっかり目が覚めたようだ。
「どうしよう、ちゃんと挨拶しないと。」
「別に、いいよ、そんなの。」
「でも、黙って帰る訳には。」
変に真面目なところがあるたしぎに、ゾロは
父親への気まずさを説明する気力は失せつつあった。
ゾロの後ろから、居間にいるゾロの父に声をかけた。
「こんにちは。たしぎと申します。昨日、電車がなくなって
家に泊めてもらいました。断りもなく、すいません。」
「あぁ、いや、別に構わんよ。」
照れくさいのか、ちらりとたしぎを見ると、
そのまま、テレビを見続けている。
「じゃ、オレ、駅まで送っていくから。」
ゾロは、ろくに紹介もせずにたしぎの腕を引っ張って、
家を出た。
「おじゃましました。」
たしぎの声が居間の父親の耳に届いた。
*****
「お父さん、怒ってないかな?」
心配するたしぎとは別に、ゾロは落ち着かなかった。
今日は月曜日だが、推薦入試の試験日で学校は休みだ。
駅前で、ファーストフードの店に入った。
とりあえず、腹を満たした。
「昨日、チョコ食べたまま、すぐ寝ちゃったから、
後でちゃんと歯磨きして下さいね。」
「お前もな。」
二人、一瞬間が空いて、夜を思い出した。
「合宿帰りで疲れているのに、夜遅くまでゴメンね。」
「いや・・・それより、先に眠ってしまって、悪かったな。」
「ううん!全然!」
ゾロとしては、あまり詳しくも聞けず、
たしぎの表情から、たぶんそんな醜態を見せてはないようだと
推し量って、ようやく胸を撫で下ろした。
*****
家に帰るたしぎを駅のホームで見送ると、
明るい陽射しの中、家へと向かう。
あ〜〜〜、なんか、すげぇもったいない事した気がする。
せっかく、夜通し一緒に居たのに。
ゾロの脳裏に、うつむくたしぎの姿が浮かんだ。
・・・弱ってたもんな。
たぶん、あれが精一杯だったんだ。
ゾロは、自分に言い聞かせる。
「痛・・・」
筋肉痛の肩を、ぐるぐる廻しながら歩いた。
*****
「ただいま。」
家に戻ると、親父が昼食を作っているところだった。
「おう、メシ出来てるぞ。」
ゾロは、黙って皿を並べた。
「いただきます。」
両手を合わせて、二人食べ始める。
「なかなか、いい子だな。」
「・・・・」
「どこに住んでるんだ?」
引っ越す前の地名を伝えると、あぁと頷く。
「ああ?あの剣道の子か?」
無言で頷くゾロ。
「そうか、そうだったのか。」
何かを思い出したように笑顔になった。
「別に、何もしてねぇから。」
仏頂面で呟く。
「だろうよ。」
は?
「あんなしっかり挨拶できるんじゃな。」
お見通しかよ。
ぶすっとした顔で食事を終え部屋に戻ると、
チキショーとばかりに、ベッドに倒れ込んだ。
布団に残る甘い香り。
もらったチョコなのか、たしぎの匂いなのか、
ゾロはおおきく息を吸い込んで、目を閉じた。
<完>