野分


1 


トゥルルル、トゥルルル。
電話の呼び出し音が鳴る。

9月に入り、朝晩はだいぶ涼しくなっていた。
この連休が終わると、学校が始まる。
ゾロの視線の先には、テーブルに無造作に置かれた白い袋。
夏の陸上部の合宿の際、買ってきたマスコットが入っている。
夏休み、合宿が終わると大会、お盆休みと続き、大学に来る機会がほとんど無かった。
休みの間は、ゾロも故郷に帰省していたので、たしぎと会うこともなく
ずっと渡しそびれていたのだ。


「はい。」
電話の声は、まぎれもなくたしぎだった。

「あ、オレ。」
「ロロノア?わぁ、久しぶり。元気にしてました?」
笑い声をあげるたしぎに、ゾロは少しホッとする。
花火を見る約束をした時に、連絡用に聞いた携帯の番号、
かけるのは、これが初めてだった。
「あぁ。お前も、元気そうだな。」
「はい。」電話の向こうで、また、たしぎが笑ったようだった。

「時間あるなら、飯でも食いに行かねぇか?」
たしぎの返事を待たずに、急いで理由を付け加える。
「渡したいもんもあるし。」

「わぁ、嬉しい。時間もあるし、大丈夫です。ふふ。」
ゾロはひとまず、胸をなで下ろす。
「じゃあ、夕方、6時、迎えに行く。」
「あ、今、大学に居るんで、ここでもいいですか。」
「ああ、構わねぇ。研究棟で、いいのか。」
「はい。お願いします。」
「じゃ、6時に。」

電話を切ると、ふぅっと息を吐いて、壁にもたれ掛かる。
たしぎは、4年だよな。
就職とか、どうすんだろ、あいつ。
そろそろ、陸上部の4年の先輩でも、内定もらっただとか
そんな話しが聞こえてくる。
夏の間、就職活動してたのか。
卒業したら、地元に帰るのか。
あいつの地元って、何処なんだ?

オレ、何にも、あいつの事、知らねぇな。

それでも、久しぶりの再会に、
自分が、少し浮ついているのが分かった。

6時5分前に、大学に到着すると、たしぎのいる
研究棟に向かって歩きだす。
風が気持ちよく、秋の臭いがする。
建物が見える所までくると、既に待っていたのか、
たしぎが大きく手を振って、近づいてくる。
建物には、明かりが灯っていて、まだ誰か居るのだろう。
「ロロノア〜。久しぶりですね。」
「よぉ。元気そうだな。」
「ロロノアも。真っ黒ですね。」
「そうか?
 お前は、相変わらず、青白いな、ちゃんと飯食ってんのか。」
「食べてますよ〜。」
プッと膨れる顔が、愛らしい。
一気に自分の周りが賑やかになったと感じる。
忙しくて、見ていて飽きない。
そんな事を考えながら、ぼうっとしてたのか、たしぎに腕を掴まれ、
ハッと我にかえる。

「渡したいものって、なんですか?ふふふ、楽しみ〜。」
「そんな大したもんじゃねぇけどよ。
 まず、腹ごしらえだ。行くぞ。」
笑ってこっちを向くたしぎを、まともに見れず、
ぶっきらぼうに言うと歩きだした。
ヘルメットを渡すと、たしぎは、もう慣れたように、後ろに乗ると、
ピタッと身体をくっつけてくる。
運転するには、くっついてくれる方が有難いが、
急に、心臓がバクバクし始めて、戸惑う。
初めて乗せた訳でもないのに。


目指すは、レストラン「オールブルー」
冷かしそうな男が居るが、味は文句ないし、
きっとたしぎも気に入るだろう。
隣りのバイク屋、「フランキーハウス」の店先にゼファーと止めると
たしぎに少し待っててもらう。
帰省で、遠出した愛車の様子を報告して、
フランキーと一緒にエンジン音を確かめる。
少し話をして、フランキーに促され、振り返ると、たしぎが消えていた。

「おいおい、あんな可愛い子ちゃん、放ったらかしにして。
 狼が連れてっちまたぞ。」
フランキーがニヤニヤしながら言う。
「あんにゃろ。」
ゾロは挨拶もそこそこに、フランキーハウスを後にして、
オールブルーへ飛び込んだ。

店内では、既に席についていたたしぎが、楽しそうに話している。
そして、ゾロに気づくと、手を挙げる。
「ロロノア!こっちです。サンジさんに案内されて、先にお店入ってました。
 ごめんなさい、何も言わずに。」
「いいですよ、このヤローは、こんな可愛らしい女性を一人にしやがって。
 ほっときましょう。ね、たしぎさん。」
くそっ!名前まで呼んでやがる。

「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらへ。」
声を掛けられて、顔を向けると、水色の長い髪の女の子が、
トレイに水の入ったグラスを乗せて、微笑んでいる。
バイト入れたのか。
「あ、ありがと。」
促されるまま、たしぎの隣りに腰を下ろす。
「いいんだよ、ビビちゃん、こいつは適当で。」
カウンターから、サンジが声をかける。
「いえ、オールブルーの大切なお客様ですから。」とキッパリ言って、ゾロに笑いかける。
クソコックとは違って、えらい、いい子じゃねぇか。
サンジがヘイヘイと言いながら、ゾロにべ〜と舌を出してみせる。

「ふふふ、楽しいお店ですね。」
たしぎが、優しく話す。
「あぁ、悪かったな、一人にして。」
「全然。」にっこり笑って首を振る。

なんだか、毒気を抜かれてしまい、何を話すのか忘れてしまった。
運ばれてきた料理は、いつも通りに旨かった。
たしぎも、「美味しい。」を連発している。
たしぎだけの、やけに凝ったデザートのチョコレート細工に、喜んでいた。
「あ〜〜、幸せ〜〜。」
食後のコーヒーを前にして、たしぎの感想に、ゾロは満足していた。
「あ、そうだ。これ。」リュックから白い紙袋を取り出して、たしぎの前に置く。
「開けていいの?」
「あぁ。」頷く。

中には、目の大きなカエルのマスコットが入っていた。
「わぁ、可愛い。」
「合宿したとこで、見つけた。」
「ありがとう、ロロノア。大事にしますね。」

「どんなのが好きなのか、全然検討もつかなくて。」
「カエル、好きですよ。」
「カエル?・・・くまだと思ってた。」
たしぎが吹き出した。
「緑の熊ですか?ふふふ。まあ、後ろから見たら
 熊に見えないこともないけど・・・ふふふ、
 緑、ロロノアの髪と一緒ですね。」


「オレ、お前の事、何も知らねぇ。」
じっと見つめる。
たしぎは、はっとして見つめ返す。
ゾロは、何と言われるか、少し、身構えた。


ちょっと俯いて、顔をあげたたしぎは思いがけない事を言い出した。
「あの、私、来週、マりージョア大学に行くんです。
 スモーカーさんに、会いに。
 ロロノア、一緒に、行ってくれませんか。」

面食らった。
オレが行ったところで、どうなるって訳でもあるまい。
「別に、構わねぇけど。」
それでも断る気はなかった。
「よかったぁ。ありがとう、ロロノア。」

「ご馳走さん。美味かった。」
「ありがとうございました。」
ビビの明るい声に送られて、店を後にする。
「また、おいでよ。たしぎさん。今度は一人で!」
サンジの余計な一言を遮るように、睨みつけながら、ドアを閉めた。


〈続〉