おくのて 前編



その日、街角でばったり出くわした瞬間、
先に目をそらして、立ち去ろうとするたしぎに声をかけたのは ゾロだった。

「おいっ!」
呼び止められて、ビクッとして振り向く。

「なんなんですか!?いきなり!」

「なんだよ!今、目があっただろうが!」

いつもいきなり声をかけてくるのは、そっちじゃねぇか。

普段と違う様子に、ゾロは不審に思う。

「なんか、変だぞ、お前。」
「べ、べつに、いつもと同じです。」

ずいっと近づくと、たしぎは身体をのけ反らせて後ろへ下がる。
いつもなら、つっかかるように間合いを詰めてくるのだが。
心なしか、たしぎの顔が赤い。

「・・・熱でもあんのか?」

無造作に手を伸ばしてたしぎのおでこに触れる。
「きゃっ!な、なにするんですかっ!」

たしぎは、後ずさりしすぎて背中は建物の塀に遮られ、これ以上動けない。

どう見ても、様子がおかしいが、これ以上詰め寄ってもラチがあきそうにない。
「ったく、今日のところは見逃してやるか。」

いつもはたしぎは言う台詞を真似して呟くと、眉をあげて立ち去ろうとした。


「ま、待って下さい!」

たしぎが切羽詰まった声をあげた。

ゾロは首だけ曲げて、後ろを見る。

「あっ、あの・・・」
さっきよりも更に顔を赤くしながら、たしぎがモジモジと呟く。

「ここじゃ、なんなんで・・・」

何か話したそうにしているたしぎが、ゾロの先を歩いて
連れていったのは、たしぎの宿の部屋だった。

「なんだ?新手の誘惑か?」

部屋のドアを閉めたゾロが開口一番、聞いた。

「これが、誘惑になるんですか!」

「そうじゃねぇか!口ごもって、手を引かれて宿屋に連れ込んだら
誰だって、ヤリてぇのかって思うだろうが!」


「ち、違います!」

ふうんとばかりに、横を向くたしぎを見下ろすと
ドサリとベッドに身体を投げ出した。

ゾロが使う宿屋とは違い、丁度品もかわいらしく、おおきな鏡が壁に掛けられている。


「それで?外じゃ話しにくいことなんだろ。」
ゾロは頭の後ろに手を組んで、たしぎを見上げた。



「この間、本部で海軍の特別研修があったんです。」

仕事の話題なんて珍しいと思いつつ、ゾロは傍らで立ったまま話すたしぎの声に 耳を傾けた。

しどろもどろのたしぎの話は、こんな内容だった。

女の海兵だけが集められた特別研修とは
いわゆる諜報部員の為の実践活動の習得を目的としたものだった。

つまりは、色仕掛けで相手を虜にし、重要な情報とやらを
上手く聞き出す任務だ。

たしぎとは一番縁がなさそうな内容だが、
大佐となったからには、任務の概要を知る必要があるとの命令で
今回たしぎが参加することになった。


しかし、その研修内容はたとえ海軍内であろうと極秘で
絶対に他言無用と念を押された。

親しい上司であるヒナに聞けば、「まあね。」と
その効果のほどは知っている様子だった。
ただ、それ以上は、何をどう聞けばいいのかたしぎ自身もわからず
ここで会ったゾロに、聞いてみたらどうかと思ったという訳だ。


「あのなぁ、オレは海賊だぞ。」

大きく息を吐きながらゾロはたしぎを見上げる。

「それは、そうですけど、他にこんな事、聞ける人なんて・・・」

あたりまえだ。


「よし、わかった。じゃあ、どんな事するのか言ってみろ。」

「そ、そんなとても口では言い表せません。」

「なら、実際やってみればいいだろ。」


「ロロノアの、へ、変態!」

顔を真っ赤にしたたしぎに突き飛ばされた。


「おいっ!」

なんなんだ!海軍ってのは、一体何を教えてるんだよ!



ゾロはベッドの上に胡坐をかいて座り直した。
両手で顔を覆いながら、考える。


まぁ、せっかく興味持っている様子だし、
この際、話しにのっかてもいいか。


指の間から、覗くたしぎの横顔は、耳まで赤くなっている。


「まぁ、座れ。」

ゾロは手を伸ばすとたしぎの手首をつかんで
引っ張ると、ベッドに座らせた。


「いいこと教えてやろうか。」

ゾロの瞳が悪戯っ子のように煌めく。


「オレも聞いた話しだが、海賊の男どもにも伝わる
 女を堕とす技がある。」

こともしやかに話すゾロを、たしぎは少しも疑ってはいない。

「ほんとうですか?」

「あぁ、効果のほどは定かじゃないけどな。」


「そうなんですかぁ。」



ゾロは、チロリと視線を投げかける。


「・・・試してみるか?」


「え?」

「お前だって、事の真偽を確かめたいんだろ。
 実験してみろよ。」

「・・・・えと・・・」


「交互に、ひとつずつ試してくってのはどうだ?
 それなら、別に、お互い様だろ。」

「そ、そうですね・・・そうゆうことなら・・・」



こいつは、絶対男に騙されるタイプだと
確信しながら、ゾロは複雑な思いだった。


「じゃあ、手ほどき、よろしくな。大佐どの。」

「あ、はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」

二人顔を合わせて、お辞儀をした。


さて、実践編とやら見せてもらおうか。

ゾロはたしぎの頭の中を確かめるべく、そっと引き寄せると
たしぎの赤く染まった頬に唇で触れた。





〈続〉